ガイドのつぶやき - 鹿児島・屋久島からThe Diving Junky Magazine

遺伝的多様性の身近な具体例??

前回は屋久島の川で「遺伝的多様性」の意味を感じ取ることができた、という話をした。

今度は僕らダイバーのメイン・フィールドである海の中で「遺伝的多様性」の具体例を探してみた。

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イトヒキベラという魚がいる。腹ビレが長く伸びたベラの仲間だ。

国内では相模湾以南に分布しているとされているが沖縄などでは数は少ないようなので、もろに温帯種だ。

イトヒキベラの典型的なオス(撮影地/屋久島)

屋久島ではごくごく普通に見られるイトヒキベラなのだが、この群れの中に10匹に3-4匹の割合で下のような色彩のイトヒキベラが混じっているのが見られる。

イトヒキベラ属の一種”のオス(撮影地/屋久島)

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このイトヒキベラは屋久島では比較的よく見られる体色で、水中で見る限りでは別の種類にしか見えない。。。

特にメスに求愛するときの体色である”婚姻色”は、僕の知りうる普通のイトヒキベラのそれとはまったく違っていて、僕も屋久島に来た当初は「新種のイトヒキベラだ〜!!」と騒いでいたものだ。

研究者によるとこのイトヒキベラは、イトヒキベラと近縁のゴシキイトヒキベラが交雑してできた子が親と”戻し交雑”をして、これを何世代も繰り返す事でできたイトヒキベラなのでは?との事。

単なる雑種ではなくて何世代も繰り返す浸透性交雑となると、もうこいつはすでに別種なのでは?と思わなくもない。

実際、この魚は今のところ「イトヒキベラ属の一種」と呼ばれ、“イトヒキベラとは別の種類かも?”とされているようだ。

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しかしイトヒキベラに限らず、ベラの仲間は放卵放精の産卵形態をとる。

この産卵方法では簡単に交雑が起きるので、生殖隔離が不完全なまま、その後も引き続き浸透性交雑を繰り返す事になる。

生物学的には種とは「交配可能な個体の集団の集まり」とされている。そうなるとこの「イトヒキベラ属の一種」は、いつまで経ってもイトヒキベラと同種という事になるのではないだろうか?

現に屋久島では、この2パターンのイトヒキベラはまったく同じ場所に群れており、僕が見る限りでは日常的に交雑が行われている。生殖隔離はまったくされていないように見える。

メスの中にも典型的なイトヒキベラのメスとは明らかに体色の違う個体もたまに見られるのだが、こいつも交雑に参加しているし。。。(・・;)

イトヒキベラの典型的なメス(撮影地/屋久島)
“イトヒキベラ属の一種”のメス(撮影地/屋久島)

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屋久島のような北の魚と南の魚が交わる場所では交雑が起こりやすく、雑種が生まれやすいとも聞いている。そんな海域では遺伝子レベルの突然変異も他地域に比べたら容易に起こっている可能性が高い。

それが理由かどうかは分からないが、そもそも屋久島のイトヒキベラはこの個体ごとの体色や斑紋の多様性がかなり広いように感じる。
このような例はイトヒキベラ以外でも、いくつか挙げることができる。体色ひとつ取っても自然状態での多様性の幅が広いという事は、屋久島の海が豊かな証拠だ。

少し前までは屋久島の海で見られる魚の種数を増やすことに一生懸命になり、それは屋久島の海の豊かさを示す指標だとさえ思っていたりしたのだが、今はこれこそまさに「遺伝的多様性」の一例ではないだろうか?と思い始め、むしろその方が面白いかも?などと思ったりしている。

屋久島は種数の多さ(種の多様性)も誇れるが、所詮はここよりも南の海域にはかなわない。

「遺伝的多様性」の豊かさこそがここ屋久島の海の本当の特色なのかもしれない。

側面誇示行動をする普通のイトヒキベラ(後方)とイトヒキベラ属の一種(前方)

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追記:
ほぼノンダイバーの嫁さんにこの文章と写真を見せたところ、「言いたいことは分かるのだけど、そもそもこの”イトヒキベラ”と”イトヒキベラ属の一種”はどこがどう違うの?同じ種類にしか見えないのだけど。。。」と言われてしまった。。。

そう言われてしまうと、ま〜そうだよね。。。(^^;;

原崎
原崎 森
(はらざき・しげる)

1970年8月26日生まれ
山梨県出身

八丈島から屋久島へ。。。

巨木と苔の深〜い森を抱える島で、あえて海に潜る。

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