編集後記The Diving Junky Magazine

ひめゆりの塔と

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去年は行けなかった、5月恒例の沖縄に行ってきました。

日程は3泊4日、初日は移動のみで中2日にダイビング、最終日はレンタカーで観光という、ゆったりツアーです。

行く前に、沖縄のサービスさんは60歳以上だと診断書が必要で、ダイバー健診をしてくれる武蔵小金井の山﨑内科医院で問診を受けて、医師による評価シートにサインをもらいました。

PADIのダイバーメディカル 参加者チェックシート

しかし、100%実費で6,440円は、大きい…。

山﨑内科医院の領収書

ちなみに沖縄県のサイトには、往来に関するお願いというページ(PDF)があって、3回目のワクチン接種を完了するか、PCR等検査で陰性を事前に確認をと書かれていますが、今回利用するホテル、ダイビング・サービスからは特にその要望はありませんでした。

念のため、3回目のワクチン接種済みなので、その書類のコピーは持参しましたが。

行きは、12:50発のSKY 517便。離陸は2020年3月29日からの新ルート、南風の好天時はA滑走路の16Rから、南に向かいます。

東京湾アクアラインの風の塔や木更津市側4.4kmの日本最長の橋、東京アクアブリッジや千葉の富津岬を左手に見ながら、三浦半島の先端から伊豆半島の伊東辺りを横切って西に。

風の塔と東京アクアブリッジ

沖縄本島の北から西側を通って、2020年3月に滑走路が1本増えてからは、伊江島の沖で角度を変えて、真っ直ぐに那覇空港に。海を埋め立てて作られた2,700mの第2滑走路 18Rに着陸。

那覇空港って、近くに米空軍の嘉手納飛行場と米軍海兵隊の普天間飛行場があり、空港近くでは高度を低く制限されてるんだって。

第2滑走路に着陸

翌日、ダイビング初日は雨…。南風で那覇から慶良間諸島までの道中はかなり船が揺れて、ダイビング中には雨が激しく降ったり突風が吹いたりと大荒れ。だた、水中は穏やかでゲストも少なく、ゆったり潜ってきました。

水温は23度と思ってたより低く、5mmの2ピースでちょうどいい。透明度は25m以上あるけど、曇ってるので水底が見えない…。

見上げると、ササムロの群れの先、水面に雨粒が見えます。

ササムロの群れ

ダイビング2日目、天気は回復して晴れ間も見えますが、風は強く、道中はかなり揺れました。

昨日に比べるとゲストも乗合いのショップさんも多く、カメラの桶も混雑。ほとんどがオリンパスのTG…。ま、ぼくら3人も全員TGシリーズですが。

カメラの桶

水温は昨日と同じ。陽射しがあるので、透明度がよくなった感じ。

3本目、渡嘉敷島のアリガー南。今回潜った中で1番サンゴがキレイでした。

アリガー南

さて、最終日は島内観光ですが、復興中の首里城も気になりますが、今回は沖縄返還50周年ということで、ひめゆりの塔に行ってきました。

昼近くなのに、周りのお店や献花販売店は閉まってます。日曜日からなのか、賑わうような観光地でもないせいか、わかりません。駐車場は姫百合民芸品センター、ひめゆり会館などの駐車場が無料で利用できます。

ひめゆりの塔周辺のお店は閉まってる

まずは、沖縄戦で亡くなった226名の生徒と教師たちの名前が刻まれた慰霊碑(納骨堂)前で合掌。

ひめゆり学徒隊の慰霊碑

ひめゆりの塔は、慰霊碑の右手前にある、ひめゆり学徒隊の最後の地の一つである伊原第三外科壕の上に建てられた高さ1mにも満たない小さな石塔で、1946年4月7日に除幕。終戦直後の物資難な時代に建立されたことと、当時アメリカ軍統治下にあったという事情でこのような質素な物になったらしい。

2日後の4月7日には第1回慰霊祭が行われた。

終戦の翌年、1946年1月に米軍の命令により旧真和志村(現在の那覇市真和志地区)の人々が糸満市米須に移動させられ、真和志村民らは、村長でひめゆり学徒の遺族でもあった金城和信氏の呼びかけで遺骨の収集を始め、それらの遺骨を納骨するため、2月糸満市米須に「魂魄之塔」を建立、これが戦後初の慰霊の塔です。

ひめゆりの塔

同年4月5日に「ひめゆりの塔」、9日には糸満市摩文仁に男子学徒を祀る「沖縄師範健児の塔」も建立。平和を希求する3つの慰霊の塔としました。

戦後13周忌の1957年に建てられた、ひめゆりのシンボルだった百合のレリーフがある新しい慰霊碑の裏には納骨堂があり、ここ伊原第三外科壕や伊原第一外科壕、荒崎海岸など沖縄戦最後の地から収集された遺骨が眠っている。

慰霊碑裏の納骨堂

ひめゆり学徒隊とは、1945年3月末、看護要員として沖縄陸軍病院に動員された沖縄県立第一高等女学校(一高女)と沖縄師範学校女子部(女師)の15〜19歳の生徒222名と引率教師18名のことで、米軍の侵攻により5月末には沖縄本島の南部へ撤退、6月18日に突然解散命令が出され、数日の間に死亡者の約80%に当たる100名余りが命を落とした。

「ひめゆり」は花の名前ではなく、2校は沖縄県の財政事情から併設校で、一高女の広報誌「乙姫」と女師の広報誌「白百合」から、両校の通称が「姫百合」となり、戦前は漢字で書かれていたのが、この慰霊の塔にひらがなで刻まれ、それが浸透したらしい。

ひめゆりの塔の翌年に建てられた犠牲者の名簿、刻銘碑

ひめゆりの塔と慰霊碑の間にある、沖縄の方言で「ガマ」と呼ばれる洞窟が、ひめゆり学徒隊の最後の地の一つである伊原第三外科壕。沖縄陸軍病院第三外科勤務の職員やひめゆり学徒隊が南部撤退後に避難した場所で、1945年6月19日朝、米軍の攻撃により、ここで多くの生徒や教師が亡くなった。

慰霊碑の奥に元ひめゆり学徒隊の同窓会と募金等で建てられた、一高女・女師の校舎を模したひめゆり平和祈念資料館があります。

1989年6月23日に開館、伊原第三外科壕で見つかった遺品や戦前のひめゆり学徒の写真等の資料が展示されてます。初代館長は、戦争当時引率教師であった仲宗根政善先生が就任。

ひめゆり平和祈念資料館

館内は撮影禁止ですがロビーには、沖縄戦が始まる前年の1944(昭和19)3月、修了式の日に撮影した写真が展示されています。

資料館ロビーの写真

中庭を囲むように6つの展示室があり、第2展示室の「ひめゆりの戦場」には、ひめゆり学徒隊が最初に配属された、南風原の陸軍病院壕の一部を再現した原寸大模型があります。

何か、ウクライナの製鉄所を思い浮かべる…。80年余り経っても同じような事が起こっているのが悲しい。

第4展示室「鎮魂」には、壁面に200余りの遺影があり、生前の人柄や死亡時の状況などが添えられている。ひめゆりの塔の下にある伊原第三外科壕内部を底から見上げた形で原寸大のジオラマもあります。

ひめゆり平和祈念資料館の中庭

2004年には、戦争体験者が年々少なくなっていく中、若い世代に戦争の実態をより分かりやすく伝えるために、全面的な展示改装(PDFダイジェスト・ブック)を行い、さらに平和への思いを未来へつないでいくための「平和への広場」を増築、2021年4月にもリニューアルされました。

資料館に1時間以上いましたが、生存者の証言映像などもっとじっくり見るには、半日ぐらいかかるかも…。

資料館出口の千羽鶴

敷地内には沖縄戦殉職医療人の碑など複数の慰霊碑や塔が建てられている。車で10分ぐらいの所にも、逃げ場を失った学徒たちが自決した場所に「ひめゆり学徒隊散華の跡」の石碑があります。この地で亡くなった学徒隊12名と教員2名の名前が刻まれた石版もあります。

ちなみに沖縄県のサイトにあった慰霊塔(碑)一覧には、2012年6月現在で440も登録されています。

次に、平和祈念公園に行きました。ひめゆりの塔から国道331号線を東に4km足らず、かなり大きな敷地に色々な施設があって、よく分からず、目立つ沖縄平和祈念堂の近く、第2駐車場に車を停めて祈念堂に。

沖縄平和祈念堂

祈念堂前から見下ろすと、遠くに沖縄戦における全戦没者24万人余の氏名が刻まれている平和の礎(いしじ)、左手に沖縄県平和祈念資料館があります。

6月23日、沖縄慰霊の日に追悼式が行われるのをテレビで見て、ここがひめゆりの塔かと思ってました…。

沖縄平和祈念堂前から見た平和の礎(いしじ)

ちなみに6月23日は、沖縄県の休日で、沖縄県平和祈念資料館(大人:300円)や沖縄平和祈念堂(大人:450円)、ひめゆり平和祈念資料館(大人:450円)が無料になります。

熱中症になりそうなので、次回行くとして、駐車場に戻りました…。

沖縄県平和祈念資料館

途中、瞑想の森の奥には多目的広場があって、家族連れがテントを張ったり、賑やかな感じ。なんか不自然な気がする…。

平和祈念公園の多目的広場

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りょう
りょう

1959年生まれ
東京都世田谷区出身

40を過ぎてから、いきなりダイビングに目覚めて1*年…。今は週末とか西伊豆のシーエッグ ダイバーズで非常勤スタッフやってます。

普段は物流の仕事で大型に乗ってます。通勤もほぼプリウス、運動不足かも…。

西伊豆・田子 エリア情報

伊豆半島・田子
シーエッグ ダイバーズ

〒410-3515
静岡県賀茂郡西伊豆町田子2385-1
Tel:090-6130-1276

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