ガイドのつぶやき 海辺のエッセイ 豪海倶楽部  

第六話 キャプテンクックのお宝(後編)

翌日も大きな収穫のないまま、ホテルに戻ってきてから、ビーチでスノーケリングをしてみた。満たされない気持ちと、撮り切れていないフイルムが自分をビーチへと駆り立てた。ちょっと雲がかかってしまったせいか?人は疎らで、軽器材しかつけていない自分が、まるで完全武装のヤル気マンマンに見えてしまう。いつもの悪い癖で、気が付くとビーチから遠く離れた場所にポツンと浮いている。フルスーツでハウジングを持って水から上がってきた東洋人は、リアルにこのビーチでは「浮いて」いた。(苦笑)

さて、本命のアイツタキへ移動する。双発のプロペラ機で飛ぶようだが、焼けるようなアスファルトの上で待機している地上係員はこの上なくラフな格好をしている。僕との差がビーサンとスニーカーの差でしかないほどに。数年前まで僕は、自分がダイバーである事が一目で分かるようなキャップを必ず冠っていた。それは、余分な事を聞かれない為の意思表示として非常に役に立っていた。地上係員の彼は、そのキャップに異常なほど興味を示し、その申し出を諦めさせるのに搭乗までの時間は、ボキャブラリーの全力投球であった。最終的に、彼の着ている制服まがいのポロシャツと交換なら応じると言ったら諦めてくれた。伝わったかどうかは疑問だが、彼のポロシャツの持つ意味と僕のキャップが持つ海外での意味は、同じなのだと言ったら、納得してくれたようだった。明らかにオーバーチャージを要求される重さの荷物を積んでプロペラ機は一路、アイツタキへと向かった。プロペラの振動が、まるでマッサージチェアーのように心地よく体へと伝わってきた。

ここでは、空港でレンタカーを借りる時に、ダイビングサービスの場所をチェックして、直接行ってみた。店員は、そのサービスの事を知っているようで、今から行けば、多分海から戻ってくる頃であろうと教えてくれた。東洋人は滅多に来ないらしく、非常に親切にしてくれた。

先方が戻ってくる前に着いてしまったらしく、適当に敷地の中に車を止めて待っていた。30分もしない内にボートを牽引してダイブマスターとゲストが戻って来た。ダイブマスターはニールと名のった。自分も自己紹介して、明日のリザベーションをお願いした。先にログをゲストに伝えたいので、時間をくれ!と言って、戻ってしまったので、再び暇を持て余す。

裏庭にトランポリンがあって、近所の子供たちが盛り上がっていた。早速、参戦!子供のスノーケリング教室と同じ要領である。まず、相手の心を鷲掴みにする。つまり、圧倒的な実力の違いを見せる。伸々のバクチュウをカマしてみる。トランポリンの周りでは、4、5人のガキどもが茫然自失の状態で一点を見つめている。どうだ!?と言う言葉が催眠術を解くキーワードのように、みんなが歓喜の声を上げ始める。「何故だ!どうやったらできる?」みんな興奮している。「オリエンタルマジック!」そう言うと、子供達は呪文の様に同じ言葉を発し続ける。まるで、その言葉を唱えると、伸々のバクチュウが出来る様になるんじゃないか?ってくらいに。補助をしてあげて、何人かの子供がやってみたが、恐さで体が丸まってしまうために、どうしても屈伸になってしまう。ニールがログ付けが終わったと呼ぶので、最後に伸々のヒネリを降り技でキメて、またねぇえとその場を去る。

彼が用意した書類にサインをしながら、世間話をする。僕が9人目の日本人らしい。ニールはお愛想のつもりで「何が見たい?」と聞くので「ペパーミントエンジェルフィッシュを見に来た」と言うと“Good Luck”と言われた。畳掛ける様に「ん?行っていいの?」と聞き返すと「君は深海人か?」と言うようなことを言って大笑いをした。

ポイント名は「アレキサンダー」と言っていた。アーチやクレバスなど、複雑な地形に恵まれた場所であった。西側にはダラダラと、永遠に続くんじゃないかと思ってしまうようなキャベツサンゴのなだらかに見えるスロープがある。こんなに深いのにサンゴが続いている。この場所の透明度を証明するかのような奇跡である。これを奇跡と呼んでしまって良いのだろうか?それは、毒された自分の価値観に立脚するものであって、この素晴らしい現実を認めない、虚しい心の表現に他ならないのではないか?そんな葛藤をしながら深度を下げてゆくと、既に周辺にはニセモチノウオ属の1種が現れ、遠目に知らないハナダイが舞ってる。青から濃い藍、そして徐々に黒い世界が支配し始めていた。

直感的に、これ以上深度を増すのは危険と察知する。自分の感覚に従い、素直に浮上にとりかかる。景色が明るさを増し、超非現実の風景は、非現実の風景へと変貌を遂げる。僕は自分以外のダイバーの姿を認めて、完全に現実の世界へと戻る。ダイビングボートを台車に手巻きのウインチで引き上げながらニールが「どこまで降りたんだい?」と僕に聞いた。「濃い青が、黒に変わる直前まで」と答えると、ニールは「明日はホドホドにな?」みたいな事を言っていた。

僕は、ここにムルロア環礁で行ったフランスのある実験の結果の影響が及んでいるのではないか?と実は危惧してやってきたのであった。しかし、その憂いは自然環境にも、人の気持ちにも、何ら影響を及ぼしていなかった。青の持つ生命の力は、人間が狂気の英知として作り上げた愚かな兵器の代償すら飲込んでしまうほど、慈悲深いものであった。いつまで、その深い懐が埋まらずにいるのかは、きっとキャプテンクックが残した「碧」だけが知っている。「蒼」に変わる前に気が付かなければ、人類だけでなく、海に類する生物が近い将来、破滅の一途を辿るであろう。


鉄
鉄 多加志

1965年生まれ
清水出身

生まれ育った環境が、都市部?の港湾地域に近く、マッドな環境には滅法強く、泥地に生息する生物を中心に指標軸が組み立てられている(笑)この業界では、数少ない芸術系の大学出身で写真やビデオによって、生物の同定や生態観察を行う。

通称「視界不良の魔術師」
静岡・三保

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