ガイドのつぶやき 海辺のエッセイ 豪海倶楽部  

第四話 三度目の正直?(後編)

フリーアセントを試みた。僕の頭の中には「2分30秒」と言う、明確な時間があった。これを超えなければ、絶対に大丈夫だと言う、経験と自信に満ちあふれた根拠の無い時間である。こんな状況でのフリーアセントは初めてである。期待とは裏腹に、吐き出し続ける肺内部の空気は水面に到達する前に切れた。水面を見上げながら見えた色は白い雲が斑模様に散らばった「絶望の青」であった。全く理由も無く、僕は周辺に無尽蔵にある海水を飲み始めた。結果的に気を失わないで済んだ。

水圧の減少に伴って膨張したタンク内の、なけなしの空気を力まかせに「泣きの一吸い」した。そのエアーは、かえって口腔内にあった海水を肺に運ぶ事になってしまった。水面に到達すると、替えのタンクが渡された。多分、状況的にどんなに虚ろで恨めしそうな目を船上に向けても、無駄だったであろう。僕は、絶対的に信頼されていた。どんな状況でも、依頼された潜水は必ず遂行するというように。無意識のうちに渡させた器材にチェンジして、再び潜った。僕が到着した頃には、マンタの姿は何処にもなく、それを確認した僕は、早々に減圧の体勢に入った。空咳が止まらない。心なしか、肺の中が痛い。無駄に長く見えるほど、あるいは当てつけがましく減圧をした。水中でも飲込んだ水を、元あった場所へ戻していたが、船に上がってからも咳とともに嘔吐した。ウエットスーツを脱ぐと、寒気がした。明らかに体が寒さに包まれているような感じがする。元気がないのは、食事の量と口すらつけなかった泡盛のグラスを見れば、一目瞭然であった。

早々と自分の部屋に戻り、後悔と高熱に好き勝手に振り回される。体温を計らなかったが、多分計れば石垣島へ緊急搬送されていただろう。濡らしたタオルは直ぐに温まり、夢うつつを暫く彷徨うと既に乾いている。これを永遠と思えるほど繰返した。グランブルーと言う映画のワンシーンで、ジャックマイヨールが夢の中で水中を漂ってしまうイメージシーンがあるが、僕の回りは水はなく、かわりに沸騰した湯に包まれていた。夢遊病のようにタオルを濡らし、水を飲むためにフラフラと不定期に洗面台とベッドを往復した。カーテンに太陽の力ない光りが届き始めた頃、気力も体力も使い切り、冗談のように高かった熱が下がり始めた。心地良いと言うよりは、そのまま気温と同じになるまで下がるのでは?という恐怖の方が強かった。しかし、もうどうする事もできない。ベッドに横たわる自分を見下している自分が天井に張り付いて居る。今、自分は明らかに高い位置にいる。マ、マズイ!入れ替わらないと・・・。前頭葉辺りで、白い光りがパッと爆ぜた。今度は、グランブルーのように、海の中を漂っているようなフニャフニャとした感覚に取り囲まれた。

その日、僕は初めてメインカメラを務めた。船上でモニターしているプロデューサーと伊藤さんの話し声が、スイッチの入ったままの有線電話から聞こえてくる。「誰や?これ撮ってんの?」、「タカシくんですよ」、「ヘタクソやなぁ写真じゃないんだから、カメラを動かさんとぉ」、「ちょっと言ったろかぁ!ありゃ、スイッチ入っとったわぁ、おい!タカシぃ!聞こえてるんやったら、お愛想でもえぇからズームやパーンの1つでもせんかい!」初めから上手く撮れるカメラマンは居ない!(笑)


鉄
鉄 多加志

1965年生まれ
清水出身

生まれ育った環境が、都市部?の港湾地域に近く、マッドな環境には滅法強く、泥地に生息する生物を中心に指標軸が組み立てられている(笑)この業界では、数少ない芸術系の大学出身で写真やビデオによって、生物の同定や生態観察を行う。

通称「視界不良の魔術師」
静岡・三保

ダイバーズ・プロ
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