ガイドのつぶやき 海辺のエッセイ 豪海倶楽部  

第四話 三度目の正直?(前編)

あなたは臨死体験をした事がありますか?と聞かれれば、僕は迷わずこの経験を話すだろう。密会は、またしても沖縄で行われた。卒業制作のビデオに今回取材する映像を使って良いとの約束を得て、喜び勇んでマンタの殿堂「小浜島」へ赴いた。一般的には某国営放送の朝の連ドラ「ちゅらさん」の舞台と言えば、通りが良いかも知れない。実は、この以前にも小浜島へ潜る機会はあった。撮影の企画書や画コンテなどを書いて、すっかり行く気になっていたのが1年前であった。何故、ディレクションをするはずの自分が外されたのかは、今では忘却の彼方であるが、兎に角一度行く機会を逸している。その募る思いが、一層マンタと「マリンサービス異島」のオーナー伊藤 隆氏との出会いを強烈なものとするのであった。

2週間の日程で組まれたロケは、マンタ無し!時化あり、クローズありと前半は惨憺たる状況であった。当然のことながら、今回から参加した自分に矛先が向けられるのは、言うまでもない。もちろん、最年少だし、使いっパ!(パシリの事です)だし、面白い訳がない。幸い、伊藤さんには、名前が同じと言うこともあり、優遇してくれていたようにも思えるが、初ロケの自分に十分な仕事ができる訳もなく、打ち拉がれる毎日であった。(汗)転機は後半戦が始まって直ぐにおとずれた。ついに待望のマンタが出た。今でこそ、マンタは行けば見れると言われるほどイージーな生き物のように言われるようになったが、その当時はまだまだ「幻の巨大魚」のレベルであった。今のマンタのデータは、当時からの伊藤さんの弛まざる蓄積がもたらした結果であり、この紆余曲折なくして、今のマンタ遭遇率は考えられない。ついにその時はやってきた。前日に、マンタをチラっと見て「ラッキーな奴」になっていた僕は、アシスタントやライトマンではなく、サブカメラを持たされていた。少しでもチャンスを増やそうとする前向きな姿勢の現れであった。

そして、このロケの最大の山場に差掛かった。当時、最も大人しくて大きなマンタであった「ハラジロー」が出たのであった。伊藤さんは、このマンタが出たら「なぁんぼでも撮れまっせぇ!」と豪語していた。そいつが出たのであった。チーフカメラマンの頭上スレスレを通り、通過してゆく。通過して直ぐ、チーフカメラマンがエアー切れの合図を出して、アシスタントとともに浮上してゆく、メインカメラを僕に預けて...。その時点で、僕の残圧は20気圧だった。撮影をしていた根のトップは15mであった。マンタはゆっくりと泳いでいる。情報が頭の中で箇条書きになってゆく。迷わずマンタを追った。あまり遠くに追いやらないように、回り込むように。先に戻ってきたのはアシスタントであった。彼の姿を確認した時、既にエアーは無かった。彼にカメラを渡した時、呼吸を止めてから1分以上が経過していた。水面までは、確実に15m以上ある。自分が、水中で呼吸できないことを物凄く後悔した。しかし、ここで失神する訳にはいかない...来月号に続く


鉄
鉄 多加志

1965年生まれ
清水出身

生まれ育った環境が、都市部?の港湾地域に近く、マッドな環境には滅法強く、泥地に生息する生物を中心に指標軸が組み立てられている(笑)この業界では、数少ない芸術系の大学出身で写真やビデオによって、生物の同定や生態観察を行う。

通称「視界不良の魔術師」
静岡・三保

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