南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

遥かなる航海

先日、懐かしい友人からメールが届いた。

チュークの離島で行なわれる『ポの儀式』に参列するためこちらに来ると言う。彼は、チュークの離島をフィールドに長年に亘って民俗学を研究している人類学者である。数年ぶりの再会で、さっそく一緒に食事をしながら昔話に花が咲いた。今回は、彼のお嬢さんと、彼の友人でもあり祖国で日本語の先生をしていると言うヨーロッパ人女性も一緒だった。そして、彼らはチューク到着の3日後には、あたふたとトラック諸島のとある離島に旅立って行った。

トラック諸島はミクロネシアの中央部、カロリン群島に属する。赤道から北に800キロにも及ぶ海域に銀河の如く散らばっているのが、トラック諸島である。その中には今も古来から伝わる伝統的な外洋帆走カヌーが使われている島々がある。現地語でパッティウと呼ばれる地方である。ヤップとの国境にあるこれらの島々では、今も10隻に近い外洋帆走カヌーが島人達の生活に使われており、また、新たに建造されてもいる。

彼等海洋の民は、羅針盤や磁石が発見されるずっとずっと以前から、星や太陽などの天体の動き、風や潮などの自然の摂理を利用してこの大海原を航海してきたのである。このような航海術は、子供の頃から海に遊び、風を知り、天体の動きを読み取り、自然の中に身をゆだね、一生をかけて会得されるものだと言われている。

5年ほど前、ハワイからポリネシア、ミクロネシアの島々を経由して、グアム島まで航海をしたカヌーがあった。この航海は、現在では殆ど見られなくなった、このような伝統的な航海術を世に残そうという、デモンストレーションの航海でもあった。この時のナビゲーターもまた、このパッティウ出身の古老である。航海の途中にチュークにも立ち寄り、盛大な歓迎式典が模様されたのをよく覚えている。島中の人達が集まり大変な騒ぎであった。

沖縄で海洋博覧会が行われたのはもう随分以前のことである。この時、ヤップとトラックの間にある小さな島で、一艘の大型カヌーが建造された。島の貴重な財産である大きなパンの木が切り倒された。パンの木を刳り貫き、何枚もの板が作られた。パンの木の樹脂とサンゴで出来た接着剤と、ヤシロープで固定された大きなカヌーが出来上がった。釘や金属は一切使用されていない。全ての道具、材料は、この小さな島の中でだけで調達された。古老の指導の下、それは伝統的な建造方法で作られた。体中にウコンの黄色い花粉を塗り、現地食を積み込み、フンドシ1つの航海者達は沖縄を目指した。彼らの手には、羅針盤はなく、小さな磁石さえも無かった。彼らの磁石は彼らの目であり、彼らの羅針盤は彼らの頭脳であった。月と、太陽、夜空の星を頼りに北を目指し、潮と風を読み、見事沖縄に到着した。

ガソリンエンジンが普及した現在、このような大型の帆走カヌーは島人達の間から徐々に忘れ去られようとしている。かつては、チューク諸島全体にあったこれらのカヌーも、現在では、このパッティウ地方を残すのみとなってしまった。同時に、星を操る伝統的な航海者達もまた、年とともに少なくなってきている。そんな時、すたれゆくこのような伝統的な技法を後世に伝えようと言う動きが、数少ない島の航海者達の間から出てきた。友人が向った離島は正にこの運動の中心になる島で、彼は長くこの島の人たちを見守ってきていたのである。

そしてこの度、この伝統的な航海術の継承式がこの島で行われる事になったのだ。これが冒頭に出てきた『ポの儀式』である。『ポ』とは、このような伝統的な航海術を会得した航海者(ナビゲーター)や、その後継の儀式を差す現地語である。現在、この島では、島の文化を伝承し、後継者を育て、民族の誇りを無くすまいと、指導者達が一丸となって活動を行なっている。何もかもが現代文明の波に洗われようとしている時、彼らはまた遥かなる航海に旅立とうとしている。近代化一辺倒のこの時代に、廃れ行く民族の財産を守るべく立ち上がった島人達に拍手を送り、心から応援したい。

風になり、星をよむ/遥かなる航海

チューク諸島
末永卓幸


末永
末永 卓幸

1949年1月生まれ
長崎県対馬出身

立正大学地理学科卒業後、日本観光専門学校に入学・卒業。在学中は地理教材の収集と趣味を兼ねて日本各地を旅する。1973年、友人と4人でチューク諸島を1ヶ月間旅行する。1978年チューク諸島の自然に魅せられ移住。現地旅行会社を設立。現在に至る。観光、ダイビング、フィッシング、各種取材コーディネート、等。チュークに関しては何でもお任せ!現地法人:『トラックオーシャンサービス』のオーナー。

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