南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

チューク諸島の海から

南国に咲く花と聞いてまず思い浮かべる花には、ハイビスカス、プルメリア、ブーゲンビリアなどがあげられる。いずれも南の島の代表的な花たちである。島の中を歩いていると、いたるところでその鮮やかな姿を見ることができる。こんなきれいな花々を見ていると、自然に心もウキウキとなってくるし、第一、島の景色が明るく映えていい。それぞれに、赤、白、黄色、ピンクなどのいろんな色合いがあり、原色の島の風景に正に華を添えている、と言ったところだ。

こんな極彩色の花に隠れてひっそりと咲く野草もまたそれなりに趣(おもむき)があって私は好きである。そんな野草の1つに、『ホナガ草』というのがある。南米原産のこの花は、名前の通りに葉っぱの間から長く伸びた穂に、可憐なそして鮮やかな紫の花をつける。その紫の花は、穂の下から順に咲き上がり、やがては穂の先端までいってその可憐な花の命を終える。実は、この紫の花の事はずっと以前から気になっていた。そして、この花の名前が『ホナガ草』と判ったのは、なんとつい最近の事である。

まず最初にこの花の名前らしきものに出会ったのは15年ほど前の事であった。私が結婚して間もない頃、日本から私の両親がやって来て、3ヶ月程滞在してた事がある。父は趣味で水彩画をやっており、その時も南の島の風景や自然をキャンパスに描く事を何よりの楽しみにしていたのである。その時に描いた何枚かの水彩画がいまでも私の家のあちこちに掛かっている。とりわけ、野草に興味を抱いていた父の目に、いち早く目についたのがこの紫色の可憐な花であった。その花の名前を知りたがっていた父のために、当時学校の先生をしていた知り合いに尋ねたところ、すぐさま答えが返ってきた。その花の名前は、『Don't forget me』(忘れな草)である、と言う。ロマンチックな父にとってはこれ以上の名前はなかった。さっそくスケッチの下に、Don't forget me、と記したものである。

ところが、観光ガイドを生業(なりわい)とする私としては、どうももう一つしっくり来ない。その後は、なんとなく名前らしきものが判り、花に興味のあるお客様には、しっくりしないまでもこの名前を教えたりはしていた。そんな時に、動植物に大変興味をお持ちで、造詣の深い方がいらっしゃり、ついにその名前を知る事となった。彼は即座に、この花の名前は『ムラサキシキブ』です、と教えて下さった。私がこの花に抱いていたイメージそのままだった。長い間の懸念はこの時にすっかり消えうせ、我が意を得たり、と膝を叩いたのを覚えている。

この花は『ムラサキシキブ』と言います。それからは、胸を張ってこの可憐な紫の花を紹介し続けた。南の島の青々とした緑の中に鮮やかな紫の小花をつけるこの野草の名前としては、『ムラサキシキブ』はうってつけの名前だったのである。

数年前、とあるTV局から、チューク諸島で『サクラ』と呼ばれている花について調査して欲しい、と連絡が入った。後から送られてきた資料にある花の写真を見て驚いた。そこに映っている花は、紛れも無く『ムラサキシキブ』であった。この花の特徴は間違えようもない。『ムラサキシキブ』はチュークでは『サクラ』と呼ばれているのか?TV局から送られてきた資料(あるアメリカ人のHPの抜粋)によると、チューク諸島の一部でのみこの花の名前を『sakura』と呼ぶ、と記されていた。

私の調査が始まった。最初の頃は、この花のことを『sakura』と言う者はいなかったが、そのうちに少しづつ『sakura』と答える者が現れてきた。しかも、一部の地域に限られている。アメリカ人の資料とほぼ一致していた。ある程度の調査を終えた私は、TV局にレポートを提出した。

そのレポートの中の一部に次のような一文を付け足した。

トラック(チューク)語に、サークラという言葉があります。この意味は、『あっ、見つかった!』とか『見つけた、見つけた』と言った意味です。ある外国人が、この花の写真を現地人に見せて、『この花はどこにあるか?』と、言ったとしましょう。現地人は外国人を連れてその花を探しに行きます。そして、その花を見つけ、花を指差しながらその外国人に『サークラ』『サークラ』と言います。外国人は、その花の名前と勘違いし『sakura?』と訪ねます。そして現地人は当然、『sakura!!』と言います。こうして、この紫の花の名前は、この外国人により『sakura』となったのです。と、私は確信に近い思いを抱いているんですが…。

この『サクラ』騒動の後でも、私の中では『ムラサキシキブ』で全く揺るぎもしなかった。私は『ムラサキシキブ』という名前に惚れてもいたようだ。

今年のゴールデンウィークの終わりごろ、親友の友達がチュークを訪れた。私は得意げに『ムラサキシキブ』を紹介した。彼女もこの紫の花とそのネーミングに大変魅了された様子だった。彼女が帰った後、なんとなく気になった私は、『ムラサキシキブ』という植物を調べてみた。そこには、我らが『ムラサキシキブ』とは似ても似つかぬ植物の写真があった。大きなため息と共に、これは大変な事になってしまった! という思いが頭の中を支配し始めていた。これまでの長い間、全く間違った情報を御客様に教え続けていたのだ。しかも得意げに・・・・・。

慌てて私は、帰ったばかりの彼女にメールを送った。『ムラサキシキブ』の本当の名前を調べて欲しい、というメッセージを添えて。弓子博士(仲間うちではそう呼んでいる)からすぐに返事が来た。

“『ムラサキシキブ』の本当の名前は、『トロピカル・アメリカ』と言います。南米原産で、南アメリカ地方ではBrazilian Tea Treeと呼ばれ、葉っぱはお茶としても使用されています。日本名は、『ホナガ草』です・・・・・。”詳細な資料が添えてあり、その名前については完璧で、覆そうにもなかった。彼女の答えもなぜか元気がなく、納得の行かない感じのものだった。この紫の花の名前が『ホナガ草』と判った今でも、私達の心の中は『ムラサキシキブ』と呼び続けていた。2度と『ムラサキシキブ』と呼べなくなったこの花は、以前にも増して私達の心の中に大きく咲き続けている。

南の島の『ムラサキシキブ』
チューク諸島

末永卓幸


末永
末永 卓幸

1949年1月生まれ
長崎県対馬出身

立正大学地理学科卒業後、日本観光専門学校に入学・卒業。在学中は地理教材の収集と趣味を兼ねて日本各地を旅する。1973年、友人と4人でチューク諸島を1ヶ月間旅行する。1978年チューク諸島の自然に魅せられ移住。現地旅行会社を設立。現在に至る。観光、ダイビング、フィッシング、各種取材コーディネート、等。チュークに関しては何でもお任せ!現地法人:『トラックオーシャンサービス』のオーナー。

ミクロネシア・チューク諸島

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