潜るコピーライターのアンダーウオーターズポエム 豪海倶楽部  

Mother's beacon 〜ぱいぱい塔〜 第五話(最終回)

野菜珊瑚の枝間に身を潜めているつもりのパン・ダルマン氏は、泡ん子をノックする2プクにギクリとしつつも面会に応じた。少し気の弱そうな氏は、黒いチョッキの襟元を正しながら、それでもやはりエメラルドの目を伏せ気味にこう告げたんだ。

飽和の津波が起こった際、長老モンジィはとても落ち着いた様子でみんなを集め「ついに来るべき時が来たようじゃモン。予想外の事があったために、乗り越えなければならない危機はあるじゃモンが、みな落ち着いて行動するのじゃモン。少しく待たれぃ!空へと冒険の旅に出た使者が“ぱいぱい塔”からの言づてを持ち、もうすぐ戻ってくるじょモ〜ン」と言い、泡ん子とひとつになる方法、そしてなによりも信じる心を強く持つように。と諭したと・・・。

「そうですか・・。ありがとうございます。でもMr.パン・ダルマン?もう少し教えて下さい。あなたは何故今もそうのように怯え、そして何故モンジィやご近所の方々の姿は見えないのでしょうか?」

「・・・引き潮でございました。」

パン・ダルマン氏は慎重に雰囲気をつないだ。

「あのとき地球は心底震えました。そのうねりは静かに、けれど確実に上へ上へと伝わってゆき、海面近くに着く頃には海の水、半分程を持ち上げる勢いの津波になっていったのです。その衝撃は2プクも御存じでしょう?」

そうだった。突然の凄まじく激しい上げ潮に押されて、お空に飛び出したのだった。3プクは泡ん子に守られて助かったようなものだ。

「ねぇマシロ?たしか最後の氷が溶けた直後の震えだったよね・・」

「まさか?!氷解の影響を受けた海面波の先頭点と、海底から上がってきた津波のタイミングが合うのがこの海域の上だったというの?」
もしそうなら、波の高さも威力も数倍になり、その引き潮の勢いたるやもの凄まじいものだったに違いない。

「そうです。共振でございました。思いもかけないものすごい引き潮がこの海域を巻き込みましたのです。いち早く泡ん子に入っていた生き物達は危うくピンチを逃れましたが・・、高いところ好きのゴンベス・メガゥネ博士や、永遠の修行僧ヨゴゼ・ダマリナハーレ、あわてものの南洋ワカメちゃん。そしてあなた方2プクを迎えに行こうとして家穴を出た直後だったモンジィも、ドロップオフに・・・・・」
パン・ダルマン氏はそこまで言うと、クルンと尾を向けてしまった。

なんということだろう!
モンジィ達は深海に沈んでしまったんだ!

いつも厳しかったモンジィ。けれどとても優しかったモンジィ。丸藻で一緒に遊んだり、叱られたり励まされたり。顔色が変わるのがおもしろくて、わざと怒らせたこともあったっけ。。
ご近所のみんなの笑顔。メガゥネ博士のウンチクは?ダマリナハーレさんの的外れなツッコミは?ワカメちゃん、、「顔色が悪いよ〜」って言っては、よく追いかけて泣かせたなぁ。。

みんなどうしてるんだろう?大丈夫かな?もしかしてもう会えないのかな?

うつむくと、どうしても落としてしまいそうになる涙があったけど、ジュンペチは、それをまぶたでつかんだままにしてマシロを見たよ。

「ジュンペチ・・もうわかっているね?僕は行くよ。みんなを助けに行く!何を言ってもとめてもダメだよ。だから言わないでくれるね。ゴルッチが昇っていった深空は宇宙と同じ青だった。ほら、ドロップオフの底を見て・・・深海も同じ青をしているよ。きっと深海も宇宙と繋がっているんだ。恐くはない、大丈夫だよ。優しい色だ。」

ここでサヨナラ?また会う約束?

ジュンペチはマシロとの出会いと別れを、何度もくり返してきた昔を想った。いつも、いつの日にも2プクは青を合図にわかり合ってきたんだ。すれ違いそうだった出会いの時にも、なにかしら心にひっかかるものを感じあって、ひきよせられた。

でも・・はたしてそれは約束だったの?
決まっていたことだったの?
約束だったから会えたの?
約束がなかったら会えなかったということ?
だったらそれはハカナイだけの出会いではなかったのかしら?

散る陸さくら、モンジィの虹をすべった露、キラリ弾けやすい泡ん子達、やっと向き合えたゴルゴルの旅立ち、そして今、大好きなマシロとの別れ。。。

「もう会えない!」そんな絶望的な喪失感は未練の気持ちからなの?
好きならば「また会いたい!」の気持ちは誰にでもあるよ?
でも、それは「本当にまた会えるのかしら?」という疑いを持つ事?
疑いに心がひっぱられてゆくの?
なら、その疑いの先っちょに付けるのが約束?
自分が握ってる片端は、相手をひきよせる為の手がかり?
無理にたぐりよせる事は信用と反対の事?

ここまで考えたところで、ジュンペチは“約束”という言葉にしっくりこないものを感じてしまったんだ。というより“約束”が隠し持っている何か?秘密の暗号のようなものがある。

冒険に出る前までのジュンペチは、マシロと出会ってきた運命を約束だと感じ、大切に思っていた。

けど。
“信”があるのなら、約束はなくてもいいのかもしれない。

けど。
はじめからなくていいものだとは思いたくない。

約束は“信”という大きな丸になるまでの、たくさんの小さな丸だ。
岐路に立つ案内人のような存在でもある。
守ったり、破ったりすることは
道をまっすぐ行ったり、迷ったり、走ったり、転んだりに似ている。
長い道を経て“信”にたどり着いた時に初めて思えるのだろう。
約束がなくても会えるんだ。って
そしてそれが、一番ほんとうの事だ。って。

ジュンペチは心をギュッっと結んだ。

「マシロ。気をつけていってらっしゃい!モンジィを、みんなの事をよろしくね。きっとマシロを待ってるよ。かすかだけど雰囲気を感じるもの。あのとき瞳に映した虹のキラキラをモンジィに見せてあげなきゃね。。マシロ、信じる心を強く持って!そして泡ん子に固く固くなってもらて行くんだよ!ジュンペチの“信”もマシロの泡ん子を守るよ。大丈夫だよ、きっと出来る!青は透明に“信”が深くなった色なんだよ。その瞳の色に自信を持ってね!プク達の約束は時を越え深みをまし、そうして今ゆるぎなき本当の”信”にたどり着いたんだもの。」

「ありがとう。ジュンペチ・・勇気百プク倍だよ!それにジュンペチはなんだか少し強くなったみたいだね?安心したよ・・・」

「うん。いろいろ考える旅だったから・・。ううん、まだまだ考えの途中だけれど。まだまだ強くはないけれど、強くなれればいいなと思っているの。ハッカドロップも食べるよ・・。そうして強くて優しい子になりたいの。みんなに優しさをいっぱいもらった。そしてその優しい子達はみんな強い心を持っていたもの。。。マシロもそうだよ。いっぱいありがとう」

「うひゅ」

「マシロの泡ん子に包まれた時にね、とても爽やかないい香りがしたの。あれはハッカドロップを食べたあとの風だったんだね?ジュンペチはマシロのハッカドロップだった・・。いままで気が付かなくてごめんね」

「ううん。風はね、とてもいいの。まるでスッキリと心を洗ってくれるもの。」

「うん、そうだね。そうなんだね。台風だって洗濯機のようなのものなのだね。嵐の後には真っ白いシャツを干せばいいのだものね。」

「そう、青いお空に真っ白い洗濯物〜。想像してみて?素敵だね。“信”に映えるのは最後に残った素直な心。。ということかな?」

「うふっ、マシロ。がんばって!マシロ。ジュンペチもがんばって“海産み“に立ち会うよ。海にね、、伝えたい事があるの。生き物みんなの想い・・・」

「わかるよ。。。僕の想いものせておくれね?」

「・・・・・・」×2
2プクは見つめ合いお互いの瞳の中の自分を確認しあった。
深い深い青がその中にはあったんだ。
また会おうね。って約束はもういらない2プクになっていたんだよ。

さ青に白い軌跡をひいたマシロの姿が見えなくなった。

海面は、かなり張りつめた感じだ。
泡ん子に入った生き物達は、厳かな気持ちで超大潮を迎えている。
お空の破れ目はそのままだけれども、あれから地球は一回転をしているので、きっとゴルゴルはとてもがんばったのだと思う。ジュンペチはそう信じているし、他の生き物達もそうだ。

ゆっくりと、ごくゆっくりと、海面が上昇しはじめた。
波がふわふわふくらむ様は、
恋に持っていかれそうな天女の薄裳・・・
着替え?という表現も、そう遠くはないと思える。

ぷくん。ぷくん。。
ぷくん。。ぷくん。。。

頬をなで、感触をなぞるように宇宙に向かう海の雫。

ぷくん。。ぷくん。。。
ぷくん。。。ぷくん。。。。

一粒ずつの“てん”の中
それぞれに海があり、命の素がある。
宇宙のどこかで、
地球の新しい家族をつくる“てん”もあるのだろうか。

ぷくん。。。ぷくん。。。。
ぷくん。。。。ぷくん。。。。。

雫達はあやうげに弾けそうになりながらも
それそれが裏満月の光を、星の光を、瞳の光を反射し
余すところなく宇宙の全方向をさしている。

そうか・・・希望の光はいつだって
「ハカナイ?」というベールのすきまからすべてを照らしているんだね。

「おやすみなさい。お母さん」
ジュンペチはみんなの想いをこめて子守歌をしはじめた。

海のしずくの、てん。てん。てん。
散る花びらの、てん。てん。てん。
日なたの、てん。てん。
かげの、てん。
泡ん子の、てん。てん。てん。てん。

星の光りは、空の、てん。
繋いで宇宙に夢を描こう。
雲も、てん。てん。
月も、てん。
地球も、私も、てん。てん。てん。

ねむれよ、よい子よ、あたらしい明日のために。
ねむれよ、よい子よ、あたらしい朝がくるから。。。

空をあおげば、てん。てんてん。
海をのぞけば、てん。てん。てん。
瞳に、てん。てん。
映る、てん。
あの日も、あなたも、てん。てん。てん。

ねむれよ、よい子よ、優しい想いをだいて
ねむれよ、よい子よ、あたらしい朝に目覚めて。。

海のしずくが、てん。てん。てん。
空へかえるよ、てん。てん。てん。
宇宙へ、てん。てん。
かえるよ。
懐かしい青に会えるかな?

命のぬくみを、抱きしめて、包みこんで
静かに微笑む、あの青に、さ青に。

ねむれよ、よい子よ、すべての命よ。
よい子のまぶたに「ただいま」の雨がふるまで。。

ねむれよ。よい子よ。すべての命よ。
ねむれよ。よい子よ。青い宇宙の子供達よ。

誰かをぎゅっと抱きしめたいな。。。

終わり。


仲
JUN-P(仲 純子)

大阪在住ファンダイバー
職業:コピーライターとか

1994年サイパンでOWのライセンスを取得。

宝物はログブック。頁を開くたび、虹のような光線がでるくらいにキラキラがつまっています。

海に潜って感じたこと、海で出会った人達からもらった想いを、自分のなりの色や言葉で表現して、みんなにも伝えたいなぁ。。。と思っていました。そんな時、友人の紹介で雄輔さんと出会い、豪海倶楽部に参加させていただくことになりました。縁というのは不思議な綾で、ウニャウニャとやっぱりどこかで繋がっているんだなぁ・・って感動しています。どの頁がたった一枚欠けても、今の私じゃないし、まだもっと見えてない糸もあるかもしれない。いままでは、ログブックの中にしまっていたこと・・少しずつだけど、みなさんと共有してゆきたいです。そして新しい頁を、一緒につくってゆけたら嬉しいです。