南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

タクシー仙人

日本での出張が終わりパラオに戻る日の朝6時半。成田までの移動を高速バスで行こうと思っていた。バスの発着所であるエアターミナルは電車だとぐるっと遠回りをしなくてはならず、時間も無駄だし、朝も早い、気温も低くいし、おまけに面倒だったのでタクシーでエアターミナルまで行くことにした。

タクシーをつかまえて、さっさと乗り込む。大きな荷物を持っていたからか、運転手さんが「どちらにご出発ですか?」と聞いてきた。大体パラオなんて答えても分からないだろうから、ちょっと親切に グアムの先のパラオですと答えた。すると、その運転手さん、間髪入れずに「いいですねー」と返ってきた。朝のちょっと頭が冴えない時間。僕はこの「いいですねー」について何となく考え始めてしまった。

たぶん運転手さんは南の国にでも僕が遊びに行くと思っていたのか。南の国は確かだが、遊びに行くわけではない。お仕事に行くのである。まあ考え方によっては遊びのお手伝いだから遊びみたいなものなのだろうか。いやいや、それなら世界中の様々なガイドさんたちは皆僕と同じように遊んでいることになってしまう。世界中で頑張っているガイドさんたちの名誉のために、ここは一つ否定をしておくことにする。そう、遊びみたいだけど、遊びだけじゃないんだなぁ。

「いいですねー」の意味は何か? もしかすると、ただの会話の“合いの手”か。運転手さんの真意を知りたくなる。が、僕の妄想はもう少し進む。

だいたい何で運転手さんは僕の行き先だけで、「いいですねー」が出てきたのか? パラオを知っているのか? もしかしたらダイバー? いやいや、そんなことはあるまい。パラオって場所すら知っているか怪しいじゃないか。僕は行き先であるパラオとしか言ってない。それ以上なにも答えていないし、喋っていない。そう、何もヒントを出していないのだ。

ここで一つ思いだした。僕は「グアムの先の」という表現を使っていた。もしかすると、この辺りから運転手さんは“暖かいところ”という漠然としたイメージを持ったのか。だからこんな寒い日本よりも、南の国のほうが「いいですねー」ということか。そう、それなら納得もできないこともない。

推理が終わらないまま車は目的地へ近づく。こんな妄想で盛り上がるつもりもなかったが、もうここまで来ると引っ込みもつかない。なにがしかの結論が欲しくなってくる。朝の頭が冴えきっていない時間、そんなことを聞くのも面倒な気もしたのだか、もうここまで来たなら確認しなくちゃ収まらない。思いきって運転手さんに聞いてみた。

「荷物の大きさの割に薄着でしょ。この時期でコートを持って行かないということは帰って来ない(行ったきりの)人だと思ったんですよ。グアムって聞こえたし、よく日に焼けている。それで話し方が淡々としてたでしょ。旅行者なら今から遊びだもん、もっと声が弾んでいますよ。だから向こうに住んでいる人で戻られるのかな、と思ったんですよ」

全て分かって話していたらしい。「いいですねー」は確信犯だったのだ。僕はこの仙人のような運転手さんの洞察力に驚き、改めて敬意を持ってこの仙人さんの名前を助手席のプレートで確認した。

分かっているけど必要以上に言わない。僕もこういう接客のプロでありたいと思った。眠い頭の冴えない朝が、一転してすがすがしい朝に変わった。さあ、仕事場であるパラオに戻ろう。


秋野
秋野 大

1970年10月22日生まれ
伊豆大島出身

カメラ好きで写真を撮るのはもっと好き。でもその写真を整理するのは大キライ。「データ」が大好物でいろんなコトをすぐに分析したがる「分析フェチ」。ブダイ以外の魚はだいたいイケルが、とりわけ3cm以下の魚には激しい興奮を示し、外洋性一発系の魚に果てしないロマンを感じるらしい。日本酒より焼酎。肉より魚。果物は嫌い。苦手なのは甘い物。

ミクロネシア・パラオ

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