ゆうすけの豪海倶楽部The Diving Junky Magazine

謹賀新年 フリソデエビ

新年と言えば、晴れ着を着る機会が多く、特に初詣や成人式では、振り袖を着た華やかな若者(爺臭い言い方ですねぇ)の姿をイメージします。こんな話しは今回の題目の生物の単なる枕で、時節ネタを披露するためのものであありません(笑)

昨年の11月に突如!三保真崎にフリソデエビのペアが出現しました。見つけたのは、私ではありませんが、情報を聞いて周辺を散策し、目に飛び込んできた情景は、驚きや感動を通り越して「異常」にすら感じました。

とは言え、もともとフリソデエビの命名に至ったサンプルの個体は、どうやら三保産という話しもあり、もしかすると、単に今まで気がついていなかっただけで、居たのかも知れないですねと、地元ダイバーと話しをしていました。この記事を書いている、急速に水温が低下し14度台になった12月下旬でも、元気にイトマキヒトデを食べていましたので、意外と寒さに強いようです。

発見されて1か月以上が経過しておりますが、似たような環境の半径5mくらいのエリアを移動しているようです。

12月の前半は、露出している事が多かったせいか、発見し易かったのですが、水温が18度を割った辺りから、本来の引き蘢り度が増して、そのエリアに行っても、見過ごしてしまうこともありました。

その周辺には、トガリモエビ、アカスジカクレエビ、少し離れた所には、ハクセンエビも見つかりました。

今まで、あまりクローズアップされていなかったエリアだったので、いきなり注目度が高まり、ダイバーの吐き出す泡が多くなったことで、エキジットすると釣り人に、あそこに何かいるの?と聞かれる事が増えました。昨年の秋は、季節来遊する生物が少ないとの嘆きもありましたが、このプレゼントは三保に訪れるダイバーを笑顔にしてくれております。

画像は、三保真崎海岸のエントリーポイントから臨む富士山。

三保真崎海岸のエントリーポイントから臨む富士山

フリソデエビのペアを捜している時に、偶然見つけたオトヒメエビのペア。

オトヒメエビのペア

三保で絶対に見たい!という念願が適ったフリソデエビのペアです。

フリソデエビのペア

追伸

長らくお世話になった豪海倶楽部の「海辺のエッセイ」ですが、今月号を持ちまして筆をおきます。

今まで、沢山のみなさまに、豪海倶楽部を通じて、交流が持てたことは、私の財産となっております。

気が向いたら、屋久島・知床・小笠原と並ぶ、日本4大世界遺産、ダイビングポイント「三保真崎」へとお運び下さい。

更に、気の利いた方は、私をガイドにご指名下さい。(笑)

ありがとうございました。

第八話 アユ 後段

禁漁期間も終わり、満を持して川に出かけると、あろうことか!?昨年まで表示されていた禁漁期間が1か月も延長されていました。

確かに、この期間であれば、確実に産卵は終了していて、先月に危惧していた状況は解消されると思いますが、川に入れないのも困ります。

もちろん「禁漁区」な訳ですから、エリア外であれば、立ち入りや釣りも可能だと思いますが、かなり厄介には厄介な状態には違いありません。

禁漁区

その近辺の川床をチェックしてみると、とても産卵をするような環境ではありません。そこから、上流を目指して、ところどころで川床をチェックしましたが、一向に川荒れの状態は解消しません。途中の溜まりに顔をつけると、300ほどのアユが群れていました。

しかし、そこで行われていたのは、まだ小規模な産卵にとどまっていて、画像のような派手な状態ではありませんでした。

アユの群れ

この原稿が公開される頃には、動画のような状態になっている事を願います。

第八話 アユ 中段

私が通っている「興津川」は、毎年10/10〜11/15が禁漁期間になり、現在は川に立ち入れない状態です。

釣らないからいぃぢゃん!?って訳ではなく、まぁそこは禁漁の行間を読んで、産卵の準備を邪魔しない姿勢をとりたいと考えています。

11月下旬から産卵がピークになるのに、何でこの時期が禁漁なのか?疑問に感じますが、もしかすると、この期間が設定された当時は、この時期に産卵が行われていたのかも知れません。

観察を開始した10年前は、確かに11月中旬には産卵がピークだった事を考えれば、その可能性も疑えますね。

この禁漁期間を過ぎると、産卵期に集まるアユをギャング釣り(引っかけ針で釣り上げる方法)で獲り、オスは焼き浸しで、子持ちのメスは七輪で塩焼きにされ、熱燗で一杯やりながら釣りを楽しむ人で、河原は賑わいます...これって、ダイバー目線から、このままで大丈夫なの?って思ってしまいます。

逆に、釣り人から見れば、川に入って撮影している私たちを、産卵床を踏み荒らす不届きものに見えるかも知れませんが、産卵する場所は決まっていますので、卵を産んでいる場所を避けて撮影は出来ますし、極力ストレスを与えないように観察や撮影をしているので、影響は少ないと思いますが、端からはそのように見えないのかなぁ。

今月末、今年も無事に産卵がスタートしてくれる事を祈ります。

川に入って撮影している私たち
川に入って撮影している私たち
アユ

第八話 アユ 前段

台風も何発かかすめて、秋の気配を色濃く感じるようになってきましたね。ここからドライスーツに移行するまでの間は、ダイビングに最適なシーズンではないでしょうか。

昼間も暑くなく、湿気も少なく、心地よい風を感じながらエントリーすると、ジワジワと幸せがこみ上げてくるのは、私だけでしょうか?(笑)

海も良いのですが、あと2か月ほどでアユの産卵がピークを迎えます。それまでの期間はアユのお話しでおつき合い下さい。

夏の間、大型の個体は縄張りを持ち、その場所に繁茂する苔を食み、晩秋に向けて大きくなってゆきます。縄張りを持てないアユたちは、時には群れて小石の苔を漁り、中には果敢に大きな個体の縄張りに突入しては、追っ払われて、を繰り返しています。

冷たい川の水に浸りながら、そんな観察を続けていると、大人になっても夏休みの気分が味わえます。

私は海育ちですから、子どもの頃に川で遊ぶ習慣がありませんでしたが、何故か気持ちが子どもに戻って行くような不思議な感覚になります。きっと、テレビや本等の情報が刷り込まれて、そんな郷愁をおぼえるのでしょうね。

画像は、遡上直前の三保真崎の水深10m付近を群遊するアユの幼魚。2〜3月にイワシやイカナゴ、ナミノハナの仲間など同時に見られますが、特徴があるので、写真を撮れば見分けられます。

アユの幼魚
アユの幼魚

第七話 ミズウオ 後段

ここ、三保半島に打ち上がるミズウオは、良い状態のものは、東海大学海洋科学博物館の学芸員の方が、採取して冷凍保存しています。それは、環境教育に利用されていて、2004年のモントレーで開催された第6回世界水族館会議でも発表されました。

ちなみに、東海大学付属小学校の5年生は、このミズウオを解剖して、胃内容物を調べて、何を食べているのか、それはどの水深で食べられたものなのか?などを、食べられた順番や消化の状態を調べながら追っていきます。そんな素晴らしい授業教材として、利用しています。駿河湾特有な背景を持つこの場所に、教育機関と研究機関が併設してあることで、このような学習プログラムが成立し、インパクトのある取組みが可能になったのです。

もちろん、打ち上がったばかりの生きたミズウオにも、足繁く浜辺に通えば見る事は可能ですし、ダイバーならば1度は、活きの良いミズウオに水中で遭遇したいですね。

まるで吻のないバショウカジキのようなミズウオ
まるで吻のないバショウカジキのようなミズウオ
腰丈ほどの水深で撮影していると、突然左からミズウオが猛然と目の前を泳いでいきました
腰丈ほどの水深で撮影していると、突然左からミズウオが猛然と目の前を泳いでいきました

第七話 ミズウオ 中段

前回は、戻っていった映像をご覧いただきましたが、大半は水中で朽ち果てます。大半...ここ20年ほどのザックりとした感覚ですが、7割のミズウオは、陽の目や鳥の目に晒させることなく、水中で終わりを迎えているように思えます。

そう言う観点からすれば、鳥や人に再利用されるチャンスを得たミズウオは、海以外にも影響を与える機会に恵まれた(この場合は恵んだのかな?)と考えられますね。もっとも、水中でも何らかの形で、海のライフサイクルの一つとして組み込まれている訳ですから、無駄ではありません。

ミズウオをガイドした思い出としては、もちろん偶然の悪戯でしか無かったわけですが、伊藤勝敏さんが撮影に来られた時に、水中で撮影していただく事ができました。

あの時の勝敏さんの喜びようは、今でも鮮明に思い出されます。ワイドを持って海に来ていなかったので、「た、頼む〜!車に24mmが入っているハウジングがあるから、とって来てくれ〜!!」、猛ダッシュで店舗に戻り、無事撮影していただく事ができました。

当時は、まだまだこの魚の遭遇率も低く、レアな深海魚だったので、「一生分の運を使ってしまったかなぁ?」と喜びを通り越して、不安そうになる伊藤カメラマンの複雑な気持ちが、ピュアな子どものようでウケてしまいました。

次回は、この魚の恩恵に関する内容をまとめてみたいと思います。

打ち上げられた瞬間のミズウオ
打ち上げられた瞬間のミズウオ
水中で息絶えたミズウオ
水中で息絶えたミズウオ
骨格標本化したミズウオ(イトマキヒトデ付き)
骨格標本化したミズウオ(イトマキヒトデ付き)

第七話 ミズウオ 前段

特に、深海魚ネタが世間で流行っているから、この手の生物続けている訳ではなく、もともとこのお話しは生物の順番を予定して原稿を書いています。

なので、ちょっと閑話休題とかしちゃうと、季節感がズレてしまいます。そこは、少しご勘弁を願ってお付き合い下さい。

で、今回のミズウオは、冬から春にかけて駿河湾の海岸線に打ち上がる、面白い生態の魚です。図鑑をみると、生息水深は900〜1,500mとあります。季節や環境によって、多少の生息水深の差異はあると思いますが、打ち上げられたミズウオの胃内容物にミツクリエナガチョウチンアンコウやその他の1,000mを超える水深に生息する生物が出てくる事から考えても、かなり深い水深に生息している事がうかがえます。

ミズウオは、食べ物を丸呑みするので、消化されていない状態では、かなり判別がし易いとされております。魚だけでなく、ビニール製品なども飲み込んでいるケースがあり、深い水深にまでゴミが到達している事が示唆されます。

そのミズウオが奇跡的に、深い方へ戻ってゆく動画がありましたので、今回は映像をご覧下さい。

ミズウオ

第六話 チョウチンアンコウ 後段

毎日新聞の全国版に掲載された紙面

写真は、2000年に三保真崎で撮影したチョウチンアンコウが毎日新聞の全国版に掲載された紙面です。大きさは15cmほどで、浮力調整機能に支障をきたした状態で発見されました。あれ?あなたが発見したのでは...と聞かれますが、私ではありません。写真を撮っただけです。

実際、このチョウチンアンコウは、当時ITCプログラムに参加していた講習生がコンファインドウォーターの水面スキルの講習中に見つけたもので、ガイド中に水中で遭遇した訳ではありません。

それでも、こんなトンでもないものが、流れて来てしまう海って、素敵を通り越して、暫くは私にとって、驚異的な存在になり、海に行かないと!症候群になり(笑)、夜中に飛び起きては海に行き、何か出ているのでは?と不安に駆られては海に行き、海に振り回されている時期が続きました。それくらい、衝撃的で夢の魚の登場が、自分のガイドスタイルと三保の海の認識を変化させる転機となったのでした。

第六話 チョウチンアンコウ 中段

提灯の続きですが、お猿のかご屋や鼻提灯など、どちらかと言えば、ユーモラスな使われ方をしているので、必然的に親しみの気持ちが幼少期に刷り込まれ、いつの間にかグロテスクな容姿にも関わらず、SKM(そこもの、あるいは深海モノ)の総選挙においては、常に圧倒的多数の票を獲得し、センターの座を不動のものとしています。(時代劇の後はAKBネタか!?)

いわゆる、SKM界の○島○子と呼べます。(丸の中に田、洋を入れると魚に則したイメージとして楽しめます)チョウチンアンコウが如何に多くの人々に、何故?愛されているかが分かったところで、話しを戻しましょう。

そのチョウチンアンコウは、1,000mを超す深海に生息し、大半の方々が認識している個体は雌です。雄は2cm程度の大きさで、雌に遭遇すると張り付き、そのまま雌の一部となり、これが繁殖行動となるわけです。

こんな奇妙な繁殖をするのは、他の魚類では考えられません。まさに、本来的な意味において、心だけでなく身も雌に捧げてしまうわけです。

いやはや何とも、すごい生態ですね。

チョウチンアンコウ

第六話 チョウチンアンコウ 前段

魚類界(そんな言い方があるとは思えませんが)で、多くの人に、この魚ほど正確に名前を覚えられている種も珍しいと思われるほど、幼稚園の子どもからお年寄りまで良く知られています。

映画「ファインディング・ニモ」の影響で、カクレクマノミは有名になりましたが、それでも2文字足りません(笑)

ジョーズに限っては、あのサメがジョーズという名前だと思っている人が多く、ホホジロザメと答えられる人は、かなりシャーキビリティの高い人だと思われます。余談ですが(この話し自体が既に脱線しています)魚類ではありませんが、イルカを見たら「フリッパー」と言ってしまうと世代がバレてしまうそうです。

さて、チョウチンアンコウの「提灯」は、時代劇などで、旗本のお偉いやバカトノがワザものの刀を手に入れると、どうにも試し切りがしたくなり、辻斬りをする訳ですが、当然白昼堂々とやる訳にもいかないので、夜に物陰に潜んで獲物を待ちます。その際、相手を察するのに、この提灯が目安になるのです。

提灯の灯りを感じた瞬間に躍り出て、バサァ〜っと行くわけです。この場合、多くの演出家が提灯もろとも切られる設定にしますが、実際に提灯が一緒に切られているということは、切るお武家さんが下手だという設定になります。

稲光のごとく、一刀両断に切られる場合は、提灯を防御行動に使う間もなく、あっさり切られてしまうので、そのシーンの後に、切られずに提灯が燃える場面転換になった場合は、手だれの仕業となるわけです。

あっ調子に乗って書き過ぎました。この続きは、また来月!

チョウチンアンコウの提灯

画像は。最終的に全容を見せる予定のチョウチンアンコウの提灯のカットです。

今回は、チラ見せです。(笑)

第六話の前の休題

現在、夏真っ盛りのニューカレドニアで、東海大学の海外海洋スポーツ実習を行っております。このお話しが公開される頃には、帰国しておりますが、何かこの状況で三保のお話しをするのも無理があり、それならこちらの海のお話しをしようかと、気持ちを切り替えてみました。

今回の実習の前には、海外海洋スポーツ演習という授業が開講されていて、2/16からニューカレドニアに来ています。普段の授業では、気が付かないような事も、海外でレクチャーされることで、意外にすんなり吸収されたりもします。そのために、ワザワザと思われるかも知れませんが、ワザワザという学びの姿勢は重要です。本人にその気がなければ、ここまで来ない訳ですから(笑)。

準備が整った状態で授業が始められます。これが学外実習の良い点です。逆に、ほぼ24時間の体制で、実習担当者に全ての責任者が生じる訳なので、少なくとも普段の授業の3倍の労力を必要とすることになります。

ただし、これはこちら側の視点からの話しで、受講する学生がこちらの思惑通りの準備ができていない事も多々あります。所謂、「お客様」って状態で、参加してしまう場合です。また、こちらの労力に関しても、そんな事は当たり前なわけですが、倍以上も年齢の離れた私を、もう少し優しく接して欲しいですね(笑)。

例えば、ディズニーランドに行けば、楽しいのが当然で、面白くないことを前提にしていませんから、そのハードルは非常に高く設定されてしまいます。同様に海外の実習は、棒高飛び並みのバーの設定が予めされていますので、内容の構成は必然的にビッグサンダーマウンテンやスペースマウンテンを凌ぐものを想定しなければなりません。それには、現地に信頼のおけるエージェントの存在が不可欠になります。今回は、ダイビングに関するコーディネーションをアリゼにお願いして、実習の中核を成す海洋スポーツを全面アシストしていただきました。

現地を訪れた14名の履修者の内、6名がCカード保持者で、8名は体験ダイビングを中心にスノーケリングで組み立てました。認定ダイバーの学生は、マンタを初ダイブで見て、体験ダイビングの最終日には、カメをスクーバとスノーケリングの両方で、間近で見ることができました。

履修者の学科内訳は、海洋学部7名、体育学部7名で、互いに海洋学の視点と体育学の視点から、海洋スポーツにおける環境と運営と手順について学ぶ機会が持てたと考えます。私も、演習と実習の合間に、両授業を履修している学生とともに、今まで経験した事の無かったニューカレドニアにおけるハナダイの生態を目の当たりにして、当地の海洋生態系の多様性を学びました。

4月からは、またレギュラー投稿の第六話に突入します。

画像は、サイパン、伊豆大島に続いて、3度目のベントラリス!

オスとそのハーレムの画像です。この群れが25〜6mで見れるって驚異的です。(大島は、12mでした)←(笑)

ベントラリス
ベントラリス

第五話 トガリモエビ 後段

今日、勝浦のバンザイダイバーズの中村さん、葉山のNANAの輝くんとスタッフの橋本さん、田中くん、八幡野の海好きの福ちゃんと川崎くんが三保に来てくれました。NANAのスタッフ2名以外は、前泊して三保の海だけでなく、清水の街でナイトサファリ(笑)して、舌でも堪能していました。

前日に雨が降る時は、あまり良いパターンでは無いのですが、流石に地元だけでなく、日本中にその人ありと唄われるガイドが集まっただけあります。富士山はバッチり見えるは、透明度は良いは、生物も目白押しの状態でした。

1本目は、レギュラーポイントの真崎・沖堤前でしたが、2本目はスタッフでも滅多に入らないスーパーマッドポイントに行きました。三保の名物もと言われる砂のスロープを降り切った瞬間…「お、わ、た」と思いました。何故なら、その景色はダメパターンの様相を呈していたからなのです。

しかも、最もナチュラルナビゲーションのし難い波打ち構造のボトムで、今だから言えますが、このメンバーでなければ、尻尾を巻いて退散するほど、ハズレな感じでした。

しかし、今更狼狽して恥を晒すくらいなら、堂々と砂漠地帯を切り抜けて、ネタを探してやろうと!気持ちを切り替えました。それが良かったのか、ケスジヤドカリに乗るペリクリメネス・ダルダニコラを皮切りに、トガリモエビのオンパレード、トサカクレエビのペア、ミズタマウミウシ、ツノザヤウミウシ、マトウダイのチビなど、と後半の尻上がり的良かったパターンにランディングできたのでした。

みなさん、すべてが予定調和の既知の「ネタ」と思われていたようですが、全て偶然の産物です。

トガリモエビが沢山居たと喜んでくれて、本当に良かったと思いましたが、実際ほっとして、沢山のネタを手に入れて大喜びしているのは僕の方です。みなさんのガイドでなければ、探せなかった生物でした。この場を借りてお礼を申し上げるとともに、また来てね。

トガリモエビの雌

画像は、1/31に撮影したトガリモエビの雌です。この周辺には、雌だけでもこの色以外に、白・黄色・ピンクと盛り沢山でした。水温が13度台に突入していても、何か普通〜にいました。そろそろチビたちが目につくようになる季節になるのに不思議だなぁ〜?

第五話 トガリモエビ 中段

本年も、ゆうすけ親分&豪海ライターズ並びにその海をよろしくお願いいたします。

さて、さすがに年も明けて、水温も早々に14度台に突入してしまうと、トガリモエビの姿も見かけなくなってきます。残っているのは、老成した6cm以上あるんじゃないか!?ってくらい大きな個体だけです。この傾向は、毎年見られることで、秋に見ていた、か細い雄たちは一体何処に行ってしまうのでしょうか?

以前、滅多に行かない三保のスーパーディープポイントで、消えたはずの雄たちを多数、見た事があるので、繁殖を済ませた若い個体は、もしかすると深い所で寒いシーズンを過ごしているのではないか?と想像しています。

逆に、老成した個体は、この場でこのまま天寿を全うするのだと思います。この原稿を書いている年末の時点では、まだ卵を持った個体もいて、多分最後のハッチアウトを終えたと思われる個体もいます。成長のスピードを見ていると、多分3年ほどの寿命なのだと思いますが、1年中居るわけではないので、なかなかその辺の見極めはできないのが本音です。

トガリモエビ(雌)
トガリモエビ(雌)
トガリモエビ(雌)

画像は、すべて雌です。見分け方は、腹節の張り出しの大きさで分かります。先月号の個体(雄)と比べれば、一目瞭然です。

ちなみに、左側に居る個体は卵をまだ持っている個体です。多分、この三が日内にハッチアウトをすると思われます。

第五話 トガリモエビ 前段

すでに、ホストのくだりで、何度か登場していますが、三保のエビの代名詞といえば、トガリモエビです。アカタチと双璧を成すこのエビの三保!メジャーへの階段貢献度は、目を見張るものがあります。

今から15年ほど前、何か変わったエビがいる事に気がつき、常連の地元ゲストを相手に自慢していると、それってこれの事?とそこから遡ること6年前に撮影したという写真を見せられた。

見事なトガリモエビが2匹並んで写っていて、被写体の迫力もさることながら、その描写力(観察眼)に驚かされた。と同時に、初見で上っ調子で撮影した自分の写真を恥ずかしく思った事がリフレインしてきます。

確かに、その当時はアカタチとミホノハゴロモに没頭していて、他はあまり気にしていなかったとは言え、「これって、普通にいるんでしょ?」の何気ない発言は、ちょっと天狗になっていた自分の鼻と心がポッキりと折れる音を聞いた33歳の痛風を発症したころのお年頃であった。

まさに、ピンチの後にパンチあり的な、自分のガイディングというか、観察スタイルを見直す良いきっかけを与えてくれたエビでもあります。

トガリモエビ

早いもので、今月で2013年もお仕舞いです。

読者の皆様、ゆうすけ親分、豪海ライターズが、良い年を迎えられますように!

第四話 シロアザミヤギ 後段

おっと、気がつけば今年もあと2か月になってしまったのですね。

この2か月間は、近年稀に見る猛烈な忙しさになる事は、現時点で明白なので、先に手を打っておけば良いものの、それができずに毎度、毎度、「背水の陣」とかって言って、アホみたいな時間にパソコンに向かうハメに陥るわけなんです。

年末には、カタがついていると思いますが、そのタイミングでまた繁忙ではなく猛忙がやってきそうで恐いです。

このお話しのラストカットが決まらずにズルズルと原稿が先延ばしになって、直近の投稿となってしまい、エディターの神崎さんにご迷惑をお掛けしました。

そんでもって、世間話のような、むしろ欺くかのような内容になってしまいました。

レアカットは前回、放出してしまったので、今回は撮り下しのガラスハゼで決めてみたいと思います。

よく見ると、透明のイソバナカクレエビが後ろに写っていますよ。このコラボは、今が旬です!

シロアザミヤギとガラスハゼ

第四話 シロアザミヤギ 中段

さて、お次ぎはチョット上級編です。これくらいの刺激はあった方がいぃんじゃないかって思って蔵出しします。

あくまでもホストという立場で考えると、このパターンは実はミスマッチなのです。見た目は、それほど悪くはないのですが、通りすがりの一発勝負みたいな構図なんです。

ファーストコンタクトの時は「おぉ〜こんな組み合わせもあるんだぁ?」と感激しましたが、待てど暮らせど、それっキリ!シロアザミヤギがホストでないと分かるまでに1年半を費やしてしまいました。

でも、その1年半は無駄ではなく、このホストが適正であるか否かを判別する確固たる実証をした期間だっただけですからね。

それとは、逆にコエダモドキにしかつかないビードロマメヒガイのように、シロアザミヤギにしかつかない希少なウミウサギガイの仲間もいます。

この手のホストに対して指向性の高いバニーちゃんは、丹念にホストを捜せば、恩恵に与れる可能性がありますから、地道モードの時には、うってつけのネタになります。

これまた、マニア垂涎のカットだと自負していますが、これに驚嘆の声をあげてくれるダイバーが何人いるかと思うと、マイノリティ嗜好だな〜とつくづく思う秋の夜長なのでした。

イシバシウミウサギ
ハブケボリ

上がイシバシウミウサギで、下がハブケボリです。

両方とも「超」がつくほど珍しいウミウサギガイの仲間です。

第四話 シロアザミヤギ 前段

二話からホスト系の生物が続いていますが、三保にとっては代表的な生物なので、今暫くお付き合い下さい。

さて、早速本題にはいりますが、三保の砂泥底には、このシロアザミヤギが一面に群生しています。僕にとっては、長年に渡って慣れ親しんだ風景なのですが、よくよく考えてみると、他のダイビングエリアでこのようなシーンを見る事がありません。スタッフの「賄い」的なエリアには存在するのかも知れませんが、一般的な環境ではないように思います。

つまり、このシロアザミヤギをホストとする、思わぬ生物との遭遇が期待出来るわけです。

例えば、昨晩(8/27)遭遇したイバラタツであったり、その直ぐ側にいたトガリモエビ(抱卵している雌)だったり、バリエーションも豊富です。

ただし、白やベージュなので、華やかさには欠けますが、このエリアを季節ごとにマックダイブすると、かなりの興奮と収穫が得られるのです。

次回、お試しあれ!

イバラタツ
トガリモエビ(抱卵している雌)

第三話 コエダモドキ 後段

タイミング良くコエダモドキが産卵でもしないかな?と思い、昨日チェックしてみましたが、残念ながらそこまでは甘くはなかったようです。

しかし、薄らと卵が見えています。この状態ならば、8月の後半の大潮周りで放出しそうな感じですね。

コエダモドキ

調子に乗って、今はやりの「キラメル」で、トガリモエビ添えでキメてみました。今ひとつ完成度が低いですが、この手の被写体には有効な表現方法なので、みなさんもチャレンジしてみて下さいね。

トガリモエビ

第三話 コエダモドキ 中段

コエダモドキが如何に、ホストとしてフォトジェニックなのかを分かってもらえる、カットに悩みました。前段で挙げた生物を全部出してしまおうかとも考えましたが、それではあまりにも芸が無さ過ぎます。なので、今回は、人気と言うか代表格のトガリモエビと意外性があるカサゴの見張り台という切り口で、画像を用意してみました。

まずは、コエダモドキに付くトガリモエビですが、横写真と縦写真での違いをご覧になってみて下さい。背景の明暗や被写体の配置なんかも大事だと言う事が分かっていただけると思います。基本はガラスハゼと並ぶ、縦位置写真の代表格みたいな被写体ですね。

コエダモドキに付くトガリモエビ(横)
コエダモドキに付くトガリモエビ(縦)

次に、通称カサゴの十字懸垂とかって呼ばれている、カサゴの見張り台としての役割りです。これも、横写真と縦写真をサンプルにしてみました。もちろん、アクセントの付け方を変えてありますので、全然違った雰囲気のカットになっていると思います。もちろん、これはシロアザミヤギでも見られるシーンではありますが、黄色の華やかな感じをかもし出すには、コエダモドキにアドバンテージがあるように思えますが、みなさんはどぉ思いますか?

コエダモドキとカサゴ(横)
コエダモドキとカサゴ(縦)

最後に出血大サービスで、コエダモドキとイソカサゴのコラボです。この色合い!?イケてませんか?

コエダモドキとイソカサゴ

第三話 コエダモドキ 前段

またまた地味なネタをぉ〜?と思った人も多いと思いますが、こんな対象物だからこそ、語る内容も懐も深くなります。もちろん、前回のエダアザミの仲間を意識しての展開ですから、流れ的には悪くない選択だと思っています。

さて、このコエダモドキなんですが、それ自体の魅力もさることながら、ホストとしての優秀さはピカいちです。イソバナカクレエビ、トガリモエビ、クラゲエビ、アカスジカクレエビ、ホンカクレエビ属の1種、ツリフネキヌヅツミ、ビードロマメヒガイ、ベニキヌヅツミなどが好んでつきます。また、ガラスハゼの幼少期を過ごすユリカゴ的な役割りやカサゴの見張り台としても活用されています。幸い、三保では20m台前半でコエダモドキが観察されるので、上記の生物が同じ水深で観察出来る訳なんです。

元来、深い水深に生息するホストが、ダイバーが手軽に行ける水深にあるということは、生物観察や写真・動画撮影をする人にとって、どれほどのアドバンテージを与えているか?ってことを考えると、ここ以外での活動は考えられませんね。次回は、このホストとのコラボ画像を中心にお伝えいたします。

画像は、卵が透けて見えるコエダモドキに、これまた卵を持ったイソバナカクレエビが付いている、非常にラッキーなカットです。

イソバナカクレエビが付いているコエダモドキ

第二話 エダアザミの仲間 後段

さて、多分興味を持ってくれた人の中には、ある種の期待があるはずです。そうです!言いたがりで、見せたがりの僕が、今まで公開していなかった、エダアザミの仲間の産卵というか、プラヌラの放出に関する話しです。

正直に言えば、みなさんが想像するような、一斉産卵を見た事はありません。E-mailが一般的でない、まだパソコン通信とかって言っていた時代から、この生物を見続けていますが、幸か不幸か遭遇しないのです。ナイトでナイトロックス、3ダイブ!とか、リブリーザーで3時間半...ココまでやってもダメなんだから、まだ見るべき時期ではないのだと自分の中では、気持ちの上では、あるレベルにおける完結をしています。

時期も、タイミングも、時間さえ分かっているのに、微妙に外して、ここぞ!と言うタイミングでは、時化や台風が邪魔をします。僕にとって、チョウチンアンコウよりも手強い相手だと言えるでしょう。(笑)でも、いつかは必ず見られるはずです。執念深い僕が止めない限りはねぇ。

画像は、4/26に撮影した湯気が見えるくらいの新鮮なカットです。

来月の大潮にでも放出しそうな熟成した卵を抱える個体
来月の大潮にでも放出しそうな熟成した卵を抱える個体
イシバシウミウサギに食べられていると思われる個体
イシバシウミウサギに食べられていると思われる個体
縮んでいるとはいえ、4cmほどの大きさにもかかわらず、卵を持っている個体
縮んでいるとはいえ、4cmほどの大きさにもかかわらず、卵を持っている個体

第二話 エダアザミの仲間 中段

前のお話しで、この生物が如何にマニアックで、あまり注目がされていないと言う事が分かっていただけたでしょうか?では、そういう前提で話しを進めます。(笑)

僕が、この生物を専門としない研究者だとしても、生物全般に対する興味は深く、分からない、知らないと言う事がハッキりとすれば、尚更その野次馬根性は発揮されます。

実際、このエダアザミの仲間に関しては、ある研究機関を通じて、イスラエルのテルアビブ大学にサンプルを送り、この生物に関する情報交換をしたことがあります。意外に思われるかも知れませんが、テルアビブ大学は海洋生物に関する先進的な研究がされていて、サンゴの研究に関しても、素晴らしい研究者がいて、何度か手紙で(時代を感じますね)やり取りをしたことがあります。サンプルは2度ほど送り、写真や成長を記録したデータも送付しました。英語とは言え、聞き慣れない学術用語が入り交じった難解な文面だったため、何回かやりとりをしている内に面倒になって止めてしまいました。今、考えれば...食らいついてやっておけば、違う自分になっていたかも知れませんね。(笑)

そんな背景があって、このエダアザミの仲間は、僕の中での学術的ヒエラルキーの位置が高い生き物なのです。でも、そんなアプローチで見せて、喜んでくれるゲストは少なく、(確率で言えば、三保に来るくらいですから、多いのだと思いますが)どちらかと言うと、フォルムや半透明のボディなどのフォトジェニックな部分を強調して、こちらの世界に引っぱりこもうとしています。

エダアザミの仲間 透けて見える卵
透けて見える卵
エダアザミの仲間 卵を持っていない個体
卵を持っていない個体

第二話 エダアザミの仲間 前段

三保(ここに限らずですが)には、正式な和名や学名のない生物がいくつか見られます。ゲストの方から「学会発表したら、名前を付けられるんぢゃないですかぁ?」って言われる事もありますが、どちらかと言うとそれをアシストする立場にあるので、自分がメインの研究者になることは、ゼロではありませんが、まずありません。

このエダアザミの仲間に関しても、図鑑にも掲載されていますし、伊豆半島や諸島でも観察されている生物なので、それほど珍しくはありませんが、三保以外の場所では、わざわざこれを見に行くために降りるような水深ではないので、何かのついでや、かなりの物好き(笑)の方を対象にしないと、ガイドのネタとしては成立しません。

この生物に関しても言えることですが、三保は透明度が悪く、比較的暗いことが多いので、他のエリアに比べて、より浅い水深で観察できる特徴があります。一見、ネガティブな話しをしているようですが、僕は逆手にとって「売り」にしています。(笑)

次号では、このエダアザミの仲間との奮闘記をお伝えいたします。

画像は、三保真崎の左側(通称:お花畑)方面に群生しているエダアザミの仲間です。

エダアザミの仲間
エダアザミの仲間

第一話 イッテンアカタチ 後段

何回かの増刷、改訂を繰り返している内に、イッテンアカタチの写真は、インドアカタチと表記を変え、イッテンアカタチは標本写真だけになってしまいました。どこかの改訂で、僕の撮影したイッテンアカタチの写真を使って下さい。4種全部を僕のカットとは言いませんからぁ〜(笑)

文章だけでなく、写真も手抜きっぽい...<(_”_)>すみません。

第一話 イッテンアカタチ 中段

このイッテンアカタチは、忘れもしない「脇毛の左」ぢゃなかった「若気のいたり」で、豪海倶楽部の親分に僕がツッカかった問題の魚でもあるのでした。

普段は、あまり人と争う事を嫌う典型的な静岡人間の僕ですが、この時だけは違っていました。確固たる信念と断固たる抗議を持ってその飲み会に参加しました。宴酣(えんたけなわ)で、まぁみなさん(地球魚類楽会会員諸氏)が、グダけて話しが盛り上がっているところで、我慢ができなくなって、僕がゆうすけ親分に言いました。

「何で僕のイッテンアカタチのカットを使ってくれなかったんですか!?」

これは、山と渓谷社の「海水魚」の出版に絡んだ裏話しなのです。あの図鑑には、当時20代の三保で撮影した自分の写真を全力投球で投稿させていただきました。ゆうすけさんが、いわゆる胴元(元締め)だったのですが、あまりに西表の矢野さんのカットが多い事から、一部のダイバーから「矢野図鑑」とも言われていました。(笑)

その初版のイッテンアカタチのところには、僕の送付した写真ではなく、インドアカタチの写真が鎮座しておりました。当時、アカタチ科の魚を、世界で一番フィールド観察していると自負していた自分にとって、それはそれは屈辱以外の何ものでもありませんでした。今となっては、それを屈辱ととってしまうほどの器量・裁量しか無かった訳ですが、献本で送られて来た図鑑を見て...怒り心頭だったわけです。

大人なゆうすけ親分は、歯に衣を着せて、やんわりじんわりと話しをするのですが、自分が正しいと思っている僕にとっては、それがどぉにも許せず、挙げ句の果てには写真を換えなければ図鑑として如何なものか!?くらいの事を言い出していました。そのやり取りは、当時の地楽会(地球魚類楽会の略称)のメンバーが訝し気に取り巻いて窺っていました。

見るに見兼ねた西表の矢野さんが一喝しました。

「魚類学者でもないおまえが、決める事じゃないだろ!」、「ガイドやカメラマンは、少なからず学者や研究者の恩恵にあずかって仕事をしている事もあるんだから、そこを蔑ろにして成り立つ話しじゃないだろぉ?」

それでも、食い下がる僕にバッサリ「そこまで言うなら、お前が学者になってからモノを言え!」と、あの温厚な矢野さんが切り捨てました。

それでその話しは、そこで幕を引いたのですが、良い意味で執念深い僕は、その時「モノの言える立場に、必ずなってやる!」と心に誓ったのでした。(笑)

イッテンアカタチ

第二章 第一話 イッテンアカタチ 前段

お待たせしました。やっと書く気になりました。ここまでは、単にクダを巻いていただけです。皆様の貴重なお時間を拝借しながら、好き勝手なことを書き綴って済みませんでした。ここからは、心を入れ替えて誠心誠意「迷路」を徘徊したいと思います。

僕が住んでいる三保半島は、駿河湾の湾奥に位置して、数々の生態写真初記録を世に送り出して来た素晴らしい環境を有しております。その素晴らしさに気が付くまで、かなりの年月を無駄にし、今もって自分の凡人ぶりに辟易しております。しかし、この辟易は言うなれば「若気のイタリアン」つまり、イタリア人の若者がプレイボーイと呼ばれることを誇りとするが如く、ガイドがオタク(あるいは変態!)と呼ばれることを誇りに思うことと変わりありません。(何のコッチャ!?)いつまでもオタクのままでは、インドア&ニートになってしまうので、インドア・カタチ(そ、そこで切るなぁ〜!)に外形的形態の似ているイッテンアカタチのお話しのニーズに応えたいと思います。

イッテンアカタチ・・・この魚は、三保真崎を全国区に押上げ、世界のガイドやダイバーから疑問と難問のメールをいただくキッカケを作ってくれた、ありがたい生物なのです。(当時、マジでレス大変でした)画像は、先日念願の三保真崎でのダイビングを達成できた川本会長!夫婦です。ここまでサービスの行き届いたイッテンアカタチも珍しい!ってくらい、撮影できました。会長!画像チェックしている場合ぢゃないよ。ここは、バシバシ!いっとかないとぉ〜!(笑)

イッテンアカタチ

第三話 文系的な考察 後段

前段で割りと脱線的人為事例を取り上げてしまったので、本筋の捕食アラウンドが欠落してしまいましたが、根絶を目指すことが、自分に対する食圧を下げる作用があることはお分かりいただけたことと思います。

捕食に関しては、以前どこかで書いた記憶がありますが、いくつかのカテゴリーに分けられます。

最も基本的なことは、生命の維持であり、成長や必要なエネルギーを獲得するためのものです。それだけじゃないの?って思われるかも知れませんが、例えば「エッグプレデュエーション」のように、自分の子孫以外は増えないように、同じ種にもかかわらず、産卵に参加するふりをして、卵を食べまくる行動です。

同じ種が同時期に沢山存在することで、親が生存して欲しいとする仔魚が生き残れなくなる可能性があるので、卵のうちに食べちまおぅ!ってスタンスです。確かに、必要エネルギーは結果的に得られますが、根本的な立ち位置は違っています。(自分の産卵時のエネルギーと仔魚存続の一挙両得とも考えられます)

他にも特異的な例で「ヤベぇっ!やっちまったぁ〜」的なウッカリ捕食もあって、口内保育をするテンジクダイ系の魚では、頻繁とまでは言いませんが、パパのゴックンによって大量卑属殺を繰り広げてしまうこともあります。

ここでは、滑稽に書いていますが、嚥下は意識的なものと反射的なものがありますので、僕は人間的な見解に基づいて「お腹減っちゃったから」の方でなく「たまたま卵塊がそこ(つまりゴックン刺激部位)に接してしまった」と読み解きたいのです。

この辺の希望的考察も、やはり文系的ですね。(笑)

画像は、黄金のタイヤキと呼んでいる、クロイシモチの黄色化個体。この時は、10ぴきを超える雌雄が密集していて驚きました。

クロイシモチの黄色化個体
クロイシモチの黄色化個体

このパパの口内保育は、無事!ハッチアウトしたようです。(笑)

第三話 文系的な考察 中段

狩猟は元来、食べる事を目的としていますが、もっと根源的な部分に「種の根絶」という排他的な本能が隠されています。これは、自分以外の種を滅することで、自分に対する危険を最小限度にするための防衛行動でもあります。つまり、攻撃こそ最大の防御というわけです。(微妙にニュアンス違いますけど)

ここで単に捕食と書かなかったことは、この定義が海洋生物間だけの問題に留まらないからです。つまり、人間が絡む事で、狩猟的な要素がクローズアップされます。話しの展開が、収束出来難い方向へ行くことを覚悟して書き始めます。(弱気)

この人間が絡む狩猟的ファクターには大別して2つあり、一つは職業的側面と、もう一つは趣味的なものがあります。職業的というのは漁業や研究であり、趣味というのは条例違反を含んだ個人的欲求の充足を指します。前者にも、やり過ぎや狩猟的欲求から、歯止めの利かなくなった例もありますが、職業として担保されている権利やルールに基づいていますので、セーフ!あるいはグレイゾーンの範疇です。

しかし、後者の趣味による事例は、話しになりません。知的レベルは、言うに及ばず低く、本能の赴くままに採取しますので、到達目標が「根絶」になっています。中には、自分はそうではないと思っている人が、実に多いことが大きな問題なのかも知れません。自分を何らかの形で正当化している場合は、ほぼこれに該当します。

例えば、季節来遊魚は放っておけば、結局は亡くなってしまうから、採取して良いとか、売買する訳ではないから(個人で楽しむからって、音楽著作権の抜け道か!?)良いとか...自分勝手な解釈で、バカスカ生物を捕っているのは、軌道を明らかに逸脱しています。一部の生態を個人の欲求によって破壊する行為は、浅はかを超えて愚かであり、それに気がついていない事は、超が付く「残念!」な状態です。

これを理系的に数値化して、ここが下限であるから、これ以上の採取は生態系に影響を及ぼす恐れがあるので、あるいは違法的な採取事例が増える事で、生態系のバランスが崩れる恐れがあるので、と言ったようなグラフを伴ったような説明は、他人事のように聞こえてしまい、対岸の火事感バリバリでスルーされることウケ合です。犯罪件数やイジメの問題は、この手の手法で語られる事が多いから、響かないんじゃないのかなぁ〜?

コエダモドキをホストとするウミウサギガイの仲間が付いています

コエダモドキをホストとするウミウサギガイの仲間が付いています。

第三話 文系的な考察 前段

何となくですが、生態や自然科学の話しをしていると、理系的なアプローチを期待されている方がいらっしゃるかも知れませんが、僕は元来「文系型」の人間で、思考の根本がグレイな状態で構成されているので、なかなか白か黒か決められない事が多いのです。

もちろん、統計学的なアプローチや数値データに基づいた考察もしますので、なぁ〜んだ?やりゃ〜できるぢゃん!?って思われる事もありますが、基本は子供やお年寄りを相手に海の茶飲み話に花を咲かせることが好きなんです。(笑)

カエルアンコウとハコフグとミノカサゴ

例えば、この写真を見て何を考えるか?カエルアンコウとハコフグとミノカサゴが写っていますね。これは、偶然「あっ!ラッキー!!」と思ってシャッターを切ってしまったカットですが、実は凄く面白い組み合わせなんです。

まず、カエルアンコウですが捕食魚(フィッシュイーター)です。次にハコフグですが毒保有魚です。最後にミノカサゴですが、捕食魚であり毒保有魚です。

この関係を解説すると、カエルアンコウのルアーを使った索餌行動であったり、体色や形態的な変化によってカムフラージュをする捕食のエキスパートみたいな話しに(どこが理系ダヨ!?)なると思います。

かたやハコフグですが、フグの割にはフグ毒を保有していない、いわゆる表皮毒(パフトキシン)の魚ですが、この毒は防御毒として機能しているので、この魚に対してストレスを与えると、致死に値するほどの毒を発生させて、身を守ります。(っつ〜か、誰も手を出さんでしょ!?)

最後にミノカサゴですが、毒を持っていて、しかも捕食魚と言う、この中ではボスキャラ的な存在です。このタンパク毒は熱性分解をするとは言え、水中生物にとっては熱湯に傷病部位を浸す訳にもいかないので、かなりのダメージを負うと考えられます。

この説明を見る限り、あぁ!僕って、何て文系な!?って事になるのでした。(笑)

step by step hairstyles

けど、ミノカサゴがカエルアンコウを食べたのは見た事がないので、毒以外にも捕食圧力から防御する術があるのかも知れませんね?

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第二話 アプローチ(もちろん視界不良エリア)後段

さて、まとめます。今までの記述は大まかに言えば、環境に対するアプローチであって、読んでいる人の中には、生物に対するアプローチの虎の巻的な内容を期待していて肩すかしをクラった方もいらっしゃるかも知れませんので、ここは生態の迷路というタイトル(え?もぉ忘れていた!?)らしく、生物に対するチョットしたテクを紐解いて見ようと思います。

濁った水中で、思わぬ魚や生物に出会い頭気味に遭遇して、お互いに驚いた経験ってありませんか?

それって不思議に思いませんか?

もちろん、魚にも目の良い(人間で言うところの視力とは違いますが)魚もいますが、自分が見えているように、つまり視界に入ってから、それを認識して驚いている訳ではありません。ある距離までは、お互いがお互いの存在を認識していないのですが、人間は視界に入って始めて気がつき、生物はどちらかと言うと目からの情報よりも、人間が驚いた時に発する電気信号(ある種のパルス)を関知して、驚いているのです。

半テンポ遅れて水中生物(のクセに)が反応する事に対して、長い間疑問に思っていたのですが、この考察によって最近はチョット納得しています。そうすると、もちろん目からの情報も使っているのでしょうが、このパルスコントロールによって、生物への接近の限界が一段と縮められるように思います。

これも、経験がある方ならば、モニターの向こうで頷いていると思いますが、何故か、カメラを持っていない時の方が生物に寄れる!って事ありませんか?

これは薄々感じていると思いますが、ハウジングやカメラを持っている事で、接近のワーキングディスタンスは、その機材の分だけ離れてしまいます。これは、物理的な問題です。次に、いわゆる「背中から湯気が出ている系」の場合は、メンタルの問題として「もぉ少し冷静になった方が良い」です。ここまでではなくても気負いは、生物の危険センサーに触れてしまうので、一定以上の接近を許してくれません。

んじゃ〜どぉすんだよ!?って思いますよねぇ。当然のことながら、カメラを持っていないようなリラックスした気持ちで、近寄り...仕留める!このイメージトレーニングは大事です。僕の知っている中では、ゆうすけ親分や峯水くんがこのテクを天然でやっているように思います。「う〜ん、おまえなんかに興味ないよぉ〜」と近付き、「なんちゃって〜!」とシャッターを切ります。(笑)

この天然パターンを思い込みでやっているのが阿部秀樹さんかなぁ?(爆)この3人は、ある意味「達人」の域で、この奥義を駆使した撮影をしているように思います。これが出来れば、生物へのアプローチは思いのままです。練習は、家で独りでやって下さいね。

画像は、自分なりの解釈で奥義を駆使して、ワードズームを使って接近して撮影したカンパチをクリーニングするムレハタタテダイです。肝心のムレハタが隠れてしまったところに、僕の脇の甘さがにじみ出てます。

カンパチをクリーニングするムレハタタテダイ

第二話 アプローチ(もちろん視界不良エリア)中段

先月は違い(変化)からのアプローチであり、ある意味ではエントリー前の予測を主体とした考え方でした。

ところが、実際に海や川、湖に入ってみると、思いっ切りハズしたり、スベったりする事も多々あるわけで、その場合には、持ち込んだ物差しを、どのように限られた時間と空気と無減圧潜水時間内に修正し、外していないように見せ、オチをつけるか!?ってことになります。

最後のクダリはガイド的な職業意識の問題なので、一般のダイバーレベルでは、オチをつけるところまでは考えなくても、ケチがつくダイビングにはならないようにすれば良いと思います。ガイドのように、ほぼ行きたい時に海に潜れるのであれば、細かな修正の方法を心得ることができますが、潜る頻度が長くなればなるほど、感覚や嗅覚(実際に臭うわけではありませんが)が良い塩梅になる頃には「終了!」ってなことになってしまいます。

特に、視界不良エリアでは「濁っている」ことが前提ですが、その濁り方が浮遊物(懸汚物)によるものなのか、低質のシルトが舞い上がったものなのか、その粒径は?などの諸条件によって、対処方法が変わってきます。つまり、降雨、波浪、潮流、あるいは春濁りなどの原因によって、濁り方は一様ではない!と言う事です。

写真撮影の場合、出来るだけ機材をコンパクトにまとめたいので、濁りが少ないのであれば、ストロボのアームは短くしたくなりますが、予想を上回る濁りであれば...満天の星空写真のオンパレードになってしまいます。ワイドでは、覿面です。ショートアームでは、自由度は無いし、バリエーションも限られます。僕も、何度となく痛い思いをしていますよ。あの時、アームが長かったら、きっと後世に残る写真が撮影出来ていただろう!?って(笑)

もっとも、潜水を開始する前に、次策(バックアップ)を用意しておいて、海に入って思っていたような状態でなければ、頭をどんどん切り替えて、諸条件にあった観察なり、撮影に勤しまないと、リカバリーができなくなってしまいます。一番、安直な方法としては、なるべく浅い水深で観察や撮影出来るターゲットに変更する事です。そうすれば、空気も無減圧潜水時間も安全に活用できますからね。浅い所が濁っていない事を祈ります。

ホウボウ
ムレハタタテダイ

写真は、幸運にも浅瀬に被写体が充実していて、透明度が良かった時です。

まぁ、えてしてこんな時は、苦し紛れではなく、余裕をもって観察ができますので切迫した感じは微塵も感じません。(苦笑)

第二話 アプローチ(もちろん視界不良エリア)前段

視界不良と言いながらも、全ての座標というか指標軸が三保真崎エリアを中心に組み立てられているため、他のエリアとは違う部分も否めませんが、そこは同じ場所で長くやっているこの髭のオジさんに免じて、お許し下さい。

生態の観察をする際に、考えなければいけない前条件のようなものがあって、大きな括るからいくと、年差、季節差、種差、月差、月齢差、週差、日差、干満差などが挙げられ、もっと大局で見れば、周期差(ここでは10年程度のスパン)が考えられるし、天候による影響も考慮しなければならないし、海伝説的なレベルの話しであれば、閏年(オリンピックイヤー)は、例年のような、と言う言葉が当てはまらない事が多い。

今更、おさらいのような話しで恐縮ですが、ここ前提がキッチりと言うよりも、フレキシブルに組み替えの出来る状態で把握していて、現状を鑑みて微調整ができるところまで思考を働かせることができて、はじめて「相手は自然ですから上手くいきませんね?」って言葉に重みが出てきます。そこまで達していない人が、この言葉を言っても、単に自分の浅はかさを自然のせいにしているだけになってしまいます。

もちろん、誰にだって得意不得意はあって、全てに精通することは不可能です。そして、オジさんが言っていることが必ずしも正しい訳ではありません。だって、僕の常識はあくまでも僕の時代や世代の事象や教育に縛られているわけで、立場が変われば古くさくてカビ臭いかも知れませんからね。ただし、考え方まではカレー臭いと言われないように、常に新しい情報はオツムに放り込んでいます。

ウミヒドラの仲間

画像は最近、一部ガイドおよび情報を提供されるダイバーの間で流行っているウミヒドラの仲間です。

ウミヒドラの仲間

第一話 水棲生物と水中環境(視界不良エリア) 後段おまけ

ちなみに、毎回600〜800字程度で文章を収めようと心がけていると、一つの論旨の展開で終わってしまいます。

実は、ここの結論としては、無理と無謀の狭間で、その天秤の振れ方について述べて幕を降ろす予定でした。ところが、見えない事と目の悪さのクダリが、自分のツボに入ってしまったため、押し進めてしまい、何だか上手い事まとめてしまいましたが、どうも言いたい事を述べないまま次に進むのは、良くないと思い「おまけ」の段を設けました。

単に無理と無謀の違いと言っても、ダイバーの技術や経験によって、その質やレベルは異なります。例えば、残圧で話しをすると、残圧50でエキジットする。これは、一般的に無理の無い範囲の話しになります。しかし、この残圧が少なくなれば少なくなるほど、またエキジットポイントまでの距離や障壁が多くなればなるほど、無理から無謀へと突き進んでゆきます。あなたの考える残圧と状況はどんな状態ですか?

無理は「ことわり」が無い、つまり筋道や辻褄が合わない状況を指しますので、一定の規範や理由を超えてしまっている事を意味します。

で、無謀は「はかりごと」を更に逸脱してしまった状態を意味するので、この状況では殆ど無手であり、自力優勝というか、自らの意思でのリカバリーは出来ない、神のみぞ知る所謂、結果待ちなわけです。

自分に鑑みてみると、残ゼロでエキジットするのが「無理したなぁ〜?」のレベルで、水深10mで空気が無くなるのが無謀かなぁ。

沖堤(三保を知らない人、済みません!)で残圧30って言うのも、かなり無謀ですね。でも、無謀のレベルなら、運が良ければ致命傷にはなりませんが、無謀を超越したレベルに「自殺」って言う恐ろしいエリアが存在します。

例えば、本人にその気が無くても、10本以下の経験しかないOWDが水深60mに単独潜水すれば、それは酔っぱらって頭が痛いからと言って頭痛薬を10錠飲む事とそう変わらないですし、50しか無い残タンで水深30mに忘れて来たカメラを取に行くのは、吹雪の雪山に単独で友達の行方を捜しに行くに等しいです。

何が言いたいのか?それは、人が通常と違う環境に入る際に、どこまで踏み込んで良いのか?それを冷静に判断しなければならないと言う事です。前段、冒頭で述べたような物理的な制限がある中で、無理、無謀、自殺などと言われないような行動を自分がしていないか?ジャッジする、もう一人の自分の存在がダイビングやその他のリスクスポーツには、必要なのだと思います。

アカタチ

第一話 水棲生物と水中環境(視界不良エリア) 後段

なんだよ、透明度の良い海のネガティブキャンペーンか!?と思った人、当たらずとも遠からずです。ここでは、視界不良の海域を底上げするべく、論旨を展開しておりますので、多少の言いがかりを受けたくらいで凹むことのない「ダイバー天国」には、この際「沈む瀬」になってもらおうか?くらいに思っています。(笑)

見えるという当たり前の事実は、時としてマイナスな要因が生じる事は、前段に述べた通りで、見えない事によってセーフティマネージメントが発動し、その後のリスク回避へつながる事もあるのです。(潜らない!という選択肢を含めて)その辺の議論をしないまま「透明度の悪い海は危険だ!」と言うのは誤りなわけですよ。(あくまでも立場はレジスタンスですから)このエリアにおけるクダの巻き方は、滅茶滅茶長けているので、多少の正論を持って来ても論破する自信があります。

別に、そんな事を自慢しても、視界不良の海へとダイバーが蝟集するわけではないので、話しを先に進めます。もちろん、視界不良に対する慣れや経験は大きな要因ですが、向き不向きもあるわけで、僕の主観と言うか客観論で言えば、視力に頼り切らない人・・・つまり、目の悪い人は視界不良のエリアに向いています。

もちろん、個人差はありますし、指向の問題もあるので、一概には言えませんが、目の悪い人は、目からの情報だけを信頼しない、もっと言えば、それを補う感覚に長けているからです。視界が不良であることは、矯正視力を得ていないことに似ているので、人生の半分をピントの合わない情報を取り入れている目の悪い人にとっては、冷静に考えると難しい状況ではないのです。

透明度の良い海で、猛禽類のようなダイビングをする人には、理解出来ないことかも知れませんが、これが視界不良における観察者の条件であり、理論なわけです。あくまでも、手探りで、怯える気持ちを「見る」以外の情報によって補いながら、一枚一枚丁寧にベールを剥がすようなダイビング。ここに視界不良エリアの極意があるのです。

西伊豆 田子 フト根

第一話 水棲生物と水中環境(視界不良エリア) 中段

水中のどんな条件下においても、かかるストレスが同じか!?と言えば、それは全然違うはずです。

呼吸が楽で、視界が良く、水圧が心地よく適当で、中性浮力に問題がなく、暖かい海域でのダイビングであれば、ストレスはあっても、それを上回る快楽によって、相殺以上の効果が生まれ、プレッシャーから解放されてしまいます。

一見して、良さそうに思えますが、ダイビングと言うレジャー、あるいはスポーツにおいて、ある一定の「ストレス」や「プレッシャー」は、必要になります。何故ならば開放感によって、安全装置が簡単に外れてしまい、そこから生まれるある種のトリガーは、リスクを暴発させる恐れがあるからです。

例えば、透明度が高く、陽射しのカーテンが何処までも降り注いでいるような海域では、深さ(暗さ)に対するリミッターが外れ易く、無理を無理と理解出来なくなります。つまり水深に対するセーフティレベルが下がり、危険なエリアに難なく入り込みます。

水中における「中性浮力」と言う翼は、意識があることが前提で、窒素酔いの状態になれば、揚力を維持する事はできなくなり墜落します。窒素酔いによって失われた正常な意識と判断能力が、更に墜落した水深で作用すれば、2度と命ある内に1気圧の空気を吸う事はなくなります。

この文面から恐怖が伝わる人は、大丈夫です。伝わらなかった人は、ブラボーな海域でのダイビングの際は、訳が分からなくても良いので、20m台の水深でのダイビングを推奨します。

西伊豆 田子 弁天島

第一話 水棲生物と水中環境(視界不良エリア) 前段

ワタシたち人間は、普段は陸上での生活をしているため、違う環境へ身をおいた場合、大半の状況においてストレスを感じます。

水中であれば、呼吸、視界、圧力、浮力、体温の損失などによる物理的な制限を受けます。つまり、通常私たちが当たり前のように出来ていた事が出来なくなることで、全ての面において多大なブレーキがかかる事になります。

もちろん、ある程度の「慣れ」によって、ストレスは軽減されてゆきますが、それをゼロにする事は、一人の人間の人生を賭したところで、達成するはずはありません。

さて、上記のように、人間が水中に入って受ける制限は、如何ともし難いものがあり、それを克服する事は、かなり無理を伴います。ならば、その制限の中で最大限に楽しむ(享受する)ためには、どうしたら良いのか? それには、陸上の思考では限界が低すぎます。受ける制限をどのように理解し、解釈するのか? それが鍵になるはずです。

理解と言っても、人それぞれ限界があり、一定のハードルを皆が超えてゆく事は難しいと考えます。ならば、解釈という各々の尺度(ものさし)に基づいて、自分に合わせた都合の良い「分かっちゃった!」を得れば良いのでは?って事になります。

皆が同じように同じ体験を同じ感覚で捉える事はありません。しかし、共有や「分かち合える」ことは可能です。

ガイドダイビングや仲間と潜る場合、海から上がった後のログづけや画像談義などは、同じ時間と空間を共に過ごしたある種のシンパシーを、平均化したり高めたりするものだと思います。この場合、経験や知識の引き出しは多いに越した事はありません。

また、誰も知らない(気がつかなかった)トピックのようなものも、話しのスパイスとして大事ですね。この引き出しやスパイスが豊富な人ほど、良き観察者と言えるのではないでしょうか?

ガラスハゼ

「生態の迷路」序章

生態をググると「学」か「系」が付き、その関係分野で括ると、繁殖生態学や水生生態学が僕らの職域にヒットし、河川生態系や海洋生態系がその活動のエリアとなります。

生態:生物が自然界に生活しているありさま。人間の、社会生活におけるありのままの姿。

the habits of living thingsとあり、人間以外の生物に関しては、自然界と言う枠組みが設定され、人間は社会というバックグラウンドにおける生活と設定されているところがミソですね。

逆説的には、生物が飼育されている状態は、この生態と言う状況が当てはまらない事が出て来てしまい、人間が社会生活から離脱した状態になると、これまた当てはまらないって事が出て来る様ですね。

ここでは、主に水中生物に関する「生態」に関する報告や観察、考察が主なので、あまり人間を主体とした生態を語るつもりはありません。ただし、観察者としての人間に関しては、ある程度の考察が必要と考えられますので、第一章では水中での観察者(ダイバー)の観点に立った、自然界の生物観察の導入的な部分に関して論じてみようと考えます。お楽しみに。

背びれが3又に割れたムレハタタテダイ

終章 研究のこれから

このシリーズは、これにて一旦終了しますが、研究は終わりなく続きます。

現在進行形の研究は、ここから数段階もレベルを上げた状態で続行しています。これ以上、書く事でお調子者の僕が「つい」重大な守秘事項を漏らしてしまう可能性があるので、いい加減にしようと思いました。今、読み返してみても「ギリだなぁ?」って思う部分があって、同業研究者が見ていない事を祈ってしまうほどです。(笑)

前回の最後に「医学的な転用」に触れましたが、これは人がこの毒によってお亡くなりになる事の抑制の研究ではなく、TTXに限らず海洋生物の毒は、麻酔作用の部分に関してや薬学的な利用が促進しています。最近ですと、ウミケムシの毒を使ったお話しが話題になりましたが、興味のある方はググってみて下さい。

陸上生物に比べて海洋生物に有毒な生物が多いことは、なんとなく理解できると思います。勿論、対面積というかエリアの広さで考えれば、海の方が割合として多いから、当たり前の比較論に感じるかも知れません。水中の生物、水中という環境に棲息している生物に毒を持ったものが多いと言う事は、第四話の中編の冒頭でお話ししましたが、魚類では進化の後半に有毒生物が出て来て、フグに至ってはかなり新しい過程におけるものだと...。魚類と言う視点から、動物という拡大した視座で見ると「あれ、生物は海から産まれたんじゃなかった?」と言う矛盾に突き当たります。

実際は、矛盾でもなんでもなく、魚類というパートで考えれば、そのパートの中の進化で「新しいもの」に毒を持つ理由が出て来たと言って良いと思います。もう一つ、面白い矛盾があって、海洋生物の起源とされる熱帯に近いほど、毒性生物は多い訳ですが、そこから拡散(北上)して進化をしていったのなら、拡散の終端部分が進化の後半になる訳だから、寒い所の生物に毒が無い(少ない)のは可笑しいのでは?と言う疑問も生じます。これもある理論によって考察出来ますが、内容の秘密レベルが2段階ほど上昇するので、この辺で止めておきます。

このように、疑問や矛盾に対して、知識を総動員して考察し、その考察をデータによって証明する事で、謎が解き明かされます。このような行為は、特に科学者や研究者だけの特権ではなく、ガイドやダイバーの皆さんが、普段海に潜って感じている疑問や不思議を知る事と、根源的な部分では変わりありません。「何故?なに?」を繰り返す事で、目に映る世界をどんどん変えてみて下さい。

次号からは、またガイドネタに戻って「生態の迷路」というテーマで綴ってゆきたいと思います。お楽しみに。

それから、お知らせです。毎年、静岡市で開催している「三保水中生物研究会」の講演会ですが、今年はちょっと遅めの12/3(土)の18:00〜清水テルサで行います。定員は80名ほどで入場は無料です。ゲストは、な、なんと!リロアン村から「ガルーダ五十嵐」氏を迎え、ガイドのタネ明かしと言うか、ちょっとした謎解きをテーマに講演したいと思います。もちろん、講演会のあとは後宴会で更にヒートアップしますので、そちらも併せてお楽しみ下さい。

師走のお忙しい中とは思いますが、このコラボで面白真面目な講演をするのは前代未聞です。お見逃し無く!

「三保水中生物研究会」の講演会

第四話 索餌行動の考察と謎解き(後編)

話しを元に戻して、ならば保有毒は防御毒としての効果は、あまり期待出来ないという結論に達します。

であれば、フグ毒は何の為に作られているのでしょうか?さぁ難しくなってきました。誰か、この謎を解いてみて下さい。それが分かれば、苦労はしませんね?僕の考察では、毒性にとらわれ過ぎて、もっと大切な事を見過ごしているように思います。多分、鍵やヒントは「毒は結果論」に過ぎないと言うところにあるのだと思います。

つまり、殺傷能力としての働きは重要ではなく、フグが生きてゆく上での、それ以上の重要な働きをTTXが担っているのだと考えます。あくまでも「毒」が必要だったのではなく、必要だった物質がたまたま毒だった、のではないでしょうか?

「死んでしマウ(ッス)!」と言うエキセントリックな事象は、TTXの重要な働きを隠蔽するための、ある種のレトリックなのだと思います。

ちなみに、ここはフグ毒の研究者には笑ってもらえる部分なんですが?(え!?それでも笑えない...)

ちなみに、今更ですが、毒量を示す単位はマウス・ユニット(MU)で表示されます。平たく言えば、その注射した毒で、ねずみが何匹お亡くなりになったか?という事です。

最近は、動物愛護の観点から、あまりこの方法を大っぴらにしなくなりましたが、MUと言う単位は、ネズミ様の屍の上に成り立っているものであり、機械的に検知・表記される数値は、いわゆるMU相当ということになります。

人は、個人差が大きくTTXの純品1〜2mgで5000〜10000MUが致死量とされています。つまり、この量のTTXが含まれている量の部位を食べれば人一人がお亡くなりになりますので、ある意味1HU(ヒューマンユニット)になる訳ですが、そうならないための研究をしているので、早くこの謎解きと医学的な転用を促進してゆかなければなりません。

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第四話 索餌行動の考察と謎解き(中編)

毒を持っている生物は、進化の過程からすると、比較的新しい生物から見られる様になります。

一体どうして、体内に「毒」を持つ必要性が出てきたのでしょうか?そんな事を考えたこと、ありますか?

人間が毒を吐く(笑)のは、ストレスが関係するようですが、ストレス要因ではなさそうです。(もしかして、ストレスだったりして)

ちなみに「保有毒」を持つ生物で思い浮かぶものって何ですか?トゲモミジガイ、スベスベマンジュウガニ、ツムギハゼ、フグの仲間...など、僕らが関係するところで、特に海洋生物に着目して挙げてみました。

魚類に関していえば進化の後の方にしか、毒を保有する魚が居ません。(カサゴの仲間やゴンズイは体外式の防御毒です)

基本的に、魚類図鑑はサメから始まってマンボウで終わっていることが多いと思いますが、それは古いモン順に記載されているからです。シガテラ毒に関しては、地域性というか食性によって変化が大きいので、当てはまらない部分も多いのですが、TTXに関して言えば、マンボウの前に載っているフグの仲間の大半が保有しています。つまりそれまでの進化の過程では、毒を持つ必要というか必然性が無かったと考えられるわけです。

ところで、ヘビなどに見られる攻撃毒(防御毒とも考えられますが)を魚類は持っていませんので、保有毒になりますが、その場合って何の必要があるのでしょうか?

表皮毒は、噛まれた時に相手が吐き出すなど、防御としての効果は期待出来ます。しかし、内蔵や筋肉、精巣などに毒があっても防御にはなりません。(体内に毒を持つ事で、何らかのサインが出て、捕食されないという説もあります)この件に関しては、面白いフグ伝説(笑)があるので紹介しておきます。フグを食べた魚は、毒があるから危ない!という情報を遺伝子によって受け継いでいるからフグは食べられ(襲われ)ないんだ...という話しです。

フグを食べた魚は死んでしまう可能性が高いですし、死なずに済む魚(エソはキタマクラを食べますが、死んでいる状態をあまり見ませんね?)は問題ない訳ですから、食べ続ける訳です。

つまり、死んでしまったらその遺伝情報は遺伝されない訳ですから、この説は無理があります。それでも、果敢に「その中でも生き残った耐性のある極一部の魚が」と食い下がってきますが、そんな薄すっぺらい遺伝情報は自然界のサイバイバルの中では希釈されてしまって、可能性が低く過ぎるので当てになりません。まぁ絶対は存在しませんから、全面的な否定はできませんが、この場では却下させていただきます。(笑)

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モミジガイの卵巣毒量
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第四話 索餌行動の考察と謎解き(前編)

トゲモミジガイの時間帯による水深分布傾向を調べる事で、索餌行動が明らかにされ、そこから何を食べているかが分かり、その胃内容物に毒化原因餌生物が含まれていないか? 索餌された物質が年間を通じて変化していないか? その変化が毒量に影響を与えていないか? などが分かります。

分かります!と簡単に書いてしまいましたが、実際は、6〜7年も掛けて調べていますが、未だに分かっておりません(苦笑)

上記の手順で研究を進めれば、間違いなくトゲモミジガイの毒化のメカニズムは解明される(糸口が見つかる)はずなのですが、面白いもので分からないのです。

この紐解きというか、ジグソーパズルのピースを見つける作業と言うのが実に面白く、福山雅治ばりに「実に!興味深い!!」と唸ってしまうのです。

ここで、何に(あるいは何処で)躓いているのかを言ってしまうと同業研究者からバカにされる(笑)恐れがあるので伏せておきますが、まだ誰も到達していない「謎」に挑戦するのは、有意義で楽しい時間です。

なので、僕の崇高なる研究を目撃して、あっ!また遊んでるぅ〜とか言わないで下さい。(笑)

僕は、トゲモミジガイと言う、見てクレが悪く、誰も見向きもしないようなヒトデを通じて、生物の歴史を遡る旅に出ようとしているのです。

えっ?どんな旅だって?

それを語り始めると年内どころか、下手すると年度末までその話しになっちゃいそうなので次回、ほんの触りの部分だけをお話ししますね。(終われば良いけど)

第三話 調査方法(後編)

もちろん、開始時間を終了時間の長さは関係があります。その日の天候によっても出現率に変化は見られますが、昼間の調査でも、夕方に近づくに連れてトゲモミジガイが見られる様になってきたり、冬の季節であれば、日没の時間が早いため、3本目のラインが終わる頃には、夜間調査の準備を始めなければならないような事にもなります。

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最終的に、僕はサンプリングを除く作業行程を1ラインあたり1時間で終わらせるようになりました。そのスピードで調査を行わないとその日の内に終わらない(笑)という事と開始と終了時の差異が大きくなる(潮汐流などの影響を含む)ことを防ぎたかったからです。

こういう精度を上げる事は、非常に大切な事なんですけど、大局から見ると実は大きな変化は見られなかったりもします。

統計学的に見ると、1つ1つのデータが命ですから、傾向を量る上でその情報の正確性が問われます。

しかし、傾向を見るだけであれば、平均値の中に含まれてしまった数値は、問題視されないし、飛び抜けた数値があればピークとして振れはしますが、やはり埋没してゆく数の一つでしかないのです。

実も蓋もない言い方をすると、身を削って手に入れたデータですが極論、ROVを使って中心線から左右1mをモニターに写るように、ゆっくりドリーで撮影すれば、同じデータが手に入ります。たまたま今回の調査海域は最大水深が11m程度で、ダイバー調査でも可能な領域だったので行いましたが、最大水深があと数m深ければ、ダイバーによる調査では無理な計画になってしまったはずです。(エンリッチドエアーナイトロックスやリブリーザーを使えば別ですが)これは僕の経験からの印象ですが、この水深ですと無減圧潜水時間が長いので、一見イージーに見えてしまいますが、窒素の出入りの遅い組織にガッツりと窒素が溜まりますので、計画通りに行うとかなり危険な調査ということになります。

しかし、その辺のことは研究の命題の前では霞んでしまうことが多いので、物理的に不可能な計画(人員が変わる事で無理になってしまうような計画)は、やらない方が良いです。つまり、僕が出来たからと言って、学生が出来る訳でない調査をやるべきではないという事になります。もちろん、途中から昼間のデータは必要なくなり、夜間の調査だけになったので、無理(ネガティブな部分)は格段に少なくなりました。

それでも、この調査を行うには、かなりのスキルと経験が必要だと思います。

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第三話 調査方法(中編)

さて、本題の個体数と分布の目視観察および、夜間は加えて行うサンプリング作業に関する内容を記述してみます。

海岸の汀線に平行して、決められた基準線から沖合に向かって、10m間隔に3本のライン(巻き尺)をセットします。初めに3本セットしても良いですし、巻き尺の個数が足りなければ、1回ごとに回収して行っても構いません。陸上作業員の支援体制の問題(人数や慣れ)もありますので、ケースバイケースです。

数年前には、卒研生が2人とも女子だったり、全くダイビングが出来ない学生がこの研究を選択したりと、教授と僕の作業(主に僕のパートですが)が目紛しいほど多く、かなり効率良く作業を進めないと膨大な時間が掛かってしまいます。

想像してみて下さい。80mラインの左右を1mの方形枠を置いて、その中に入っているヒトデ3種の数を記録してゆくのです。1本のラインで160回のカウント及び状況に応じて撮影...それを3本。1カウントを30秒で行って1ライン当たり80分ほど掛かります。セット・回収、その他余剰時間を考えると、1本で約90〜100分、休憩をしないで行っても3本で4時間半〜5時間ほど掛かる計算になります。

勘の良い人は、既にこの時点でいくつかの疑問が浮かんでいると思います。

つまり、この調査計画と方法は、これだけの時間を要する事を前提(想像)としていなかった、と言う事です。数値化や可視化は研究において、必要不可欠な言わば基礎ですが、それを誰が行うのか?その作業の難易度は?一体どれほどの時間が掛かるのか?

そして、その時間経過は出現個体数に影響を及ぼさないか?と言う観点がどれかでも欠落していると、根底が覆ってしまいます。

後編に続く。

第三話 調査方法(前編)

ライントランセクト法が今回の調査方法でした。

1m四方の方形枠(塩ビのパイプを正方形に組み合わせたもの)を基準線の左右に展開して、その中にいるトゲモミジガイ、モミジガイ、更には対象区としてイトマキヒトデの数もカウントしました。

実は、この1年前にも同じ調査を行いました。しかし、汀線際から等間隔、沖に向かって等距離のメジャーを張りましたが、この汀線というのが曖昧で、厳密に干満時間に対する補正を行っていなかったので、最終的にデータの整合性に問題が出てしまいました。

これを踏まえて、海岸に基点と基準線を設けて、潮汐に関係なく毎回同じ位置と距離で調査が行えるようにしました。ちなみに、このデータは、2006年と2007年に行った調査によって得られたもの元につくられております。

1日の調査で、80mの側線を3本、昼間と夜間に各1回行います。透明度は三保の内海ですから、良い時で3mほどです。水深はボトムで最大12mほどですが、調査行程を想像してみて下さい、基点から巻き尺を持って沖合いに向かってラインを張り、側線をセットします。次に、方形枠、カメラ、水中ノートを持って調査になります。同時並行で、記録し終わった調査地点から必要数だけトゲモミジガイをサンプリングしますが、ここまでは手が回らないので、教授か学生が行っています。

サンプリングに際しては、地元漁協さんの同意と県に対して「特別採捕許可」をいただいて行いました。各都道府県が定める漁業関係調整規則には、水産動植物を採捕するにあたり、採取に用いる道具や漁具、種類、数量、期間、採捕に従事する人を明確にし、それを申請して許可を得なければなりません。内容はこんな感じです。

特別採捕許可申請書

興味のある方は、各都道府県のホームページに必ず記載がありますので参照してみて下さい。

僕らガイドはフィールドを案内して、生物を紹介して生業としていますので、そのフィールドで生物を採取する事には気を遣います。

1つは漁業者に対しての配慮と、もう1つはコンプライアンスを怠った時の風評です。

「あいつは、普段は人に取るなとか、触るなって言っているのに自分は別なんだね?」なんて言われた日には...お店をたたまなければいけなくなりますし、スタッフもいたたまれないです。

なので、堅いとか融通が利かないとか言われても、ここは死守しなければならない、そのエリアでトップを自負するガイドの努めだと思っています。これは、学者や研究者の方々にも理解して欲しい事ですし、馴れ合いやナァナァの体質でいつまでも続けて良い事ではありません。どんな場合も正論が必ずしも正しい訳ではありませんが、いろいろな事を適正化してゆくためには、必要なことだと思っています。

中編に続く。

第二話 TTX中毒

1979年12月に静岡県清水市(当時)三保で獲れた食用のボウシュウボラ(ホラ貝の一種)を食べて中毒者が出ました。

肝膵臓(肝臓と膵臓が一緒になった器官中腸腺)の部分を食べて、まもなく呼吸が麻痺し、重体に陥ったという新聞記事があります。これに際して、現東京医療保健大の野口教授及び、当時静岡の保健所におられた成田先生は、現場に赴き、入手した食べ残しから中毒原因物質を調べたところ、 それが、驚いたことにフグ毒だったのでした。さらに、ホラ貝の消化管から発見されたヒトデにもフグ毒が検出され、

ホラ貝の毒化原因が、索餌されたヒトデだったということが知られました。そうなんです!僕が、いえ!斎藤研究室がこのトゲモミジガイ(同種ヒトデ)の研究に着手したのは、地元のこの事件が背景にあったからなのです。

研究の過程報告として、この内容は平成20年度に東海大学海洋学部で開催された「日本水産学会」の食品化学の分野における発表でもセンセーショナルな研究として、同研究者ならびに関係各位をうならせました。

何故、そんなにも列席した研究者が唸ったかは、ケミストリー(デュオの歌手ではありません)の分野では、基本的にラボ(実験室)におけるホワイトカラー的な研究が主流で、フィールド(ブルーカラー的)における研究は、アプローチとして「汗臭く」あまり歓迎される内容が少なかったのですが、ここで発表された一連の内容は、ラスベガスでたまたまやったスロットの7が全部そろってしまった時に吐き出されるコイン並みに、同業者の目から鱗を落とした程のインパクトがあったそうです。

その証拠に、僕の発表が終わった後に、送られた拍手の厚みと、本来ならば多少なりとも意地悪(否定的)な質問が飛び交う質疑応答でも、質問と言いながらも発表者をリスペクトする発言しかなったのが、物語っています。

当日この場に、成田さんと野口さんもおいでになっていたので、この二人に感謝するとともに、この研究が新たな局面を迎え、それを地元の大学が引き継いだ事をアピールした良い機会になったのでした。

消化管内容物の中に含まれていたトゲモミジガイ
消化管内容物の中に含まれていたトゲモミジガイ
食中毒事件を引き起こしたボウシュウボラ
食中毒事件を引き起こしたボウシュウボラ
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第二話に行く前に

まさか、こんな途方も無い震災が起きて、このお話しが中座するとは考えもしませんでした。

僕は、3/11のあの瞬間、三保で潜っていました。

2日前に地震があり、対岸の火事程度に思っていましたが、エントリー前に海岸に夥しく打ち上げられたサクラエビを揺れとともに水中で思い出した時、毛穴という毛穴から、嫌な汗が吹き出ました。

その状況を動画で撮ろうとか、そんな余裕はありませんでした。ただただ、押し寄せてくるだろう津波のスピードに負けないように、浮上しました。

ちょうどサビハゼの産卵を定点観察していたところで目眩を感じ、それでも健気に撮影を続けていたら、周囲の異常な状況に気づきました。海底から泥煙が立ち上り、今まで水中で経験した地震(余震)とは、規模が違うとこを感じました。

エキジットすると、浜辺で釣りをしていた人たちが、車に向かって小走りに移動しています。それを見た時、ビデオとデジいちを持っているにもかかわらず、あり得ないスピードで車まで到達しました。

お店に戻って、状況をスタッフに聞こうと思ったら、みんなテレビに釘付けです。そこに映し出されている映像を見たとき、震源はここではなく、そこである事がハッキりとしました。

幸いにして、僕の親族や仲間に傷病や死亡者はありませんでした。1万人を超える人が亡くなっている状態で、それは奇蹟としか考えられません。僕の悲しみや心の乱れが、ここで止まっていられるのは、その奇蹟のお陰です。

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それでも、何かをしなければ、その奇蹟に感謝するために、自分が出来る事をしなければいけない。ある種の強迫観念かも知れませんが、僕は直ぐにチャリティイベントを提案しました。より大きな力を求めて、越智さんが主催するWEB-LUEに共催を申し込み、今出来る必要なムーブメントについて協議しました。

被災した多くの人のために、行う義援金は様々な形でできます。マイルや各種カードのポイントを義援金として使ったり、信頼のおける団体へ寄付をすれば良いのです。しかし、僕たちのやりたい事は、そぉではなく「もっと密接な」つまり介在の少ない、自分が届けたい人にダイレクトに、と言ったものです。

この文章がアップされる日に、1日目のチャリティイベントを行っています。そして、1日で収まり切らなかった思いが翌日の定員をも上回りました。支援基金とともに笑顔を伝えるために、有志で集まって祈りを捧げ、笑顔を届けたいと思います。

ワレカラモドキ
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第一話 フグもTTXで死にます(後編)

ここで面白いので、話しを脱線させましょう!

「生物学的な死?」...死って他にも分類されるの?あります。分野によっては、もう少し細かい区分けがあるかも知れませんが、大きく分けると、心肺停止の状態である臨床死(CLNICALDEATH)、脳死(BRAIN DEATH)、生物学上の死(BIOLOGICAL DEATH)の3つが挙げられます。

乱暴な言い方ですが「あれ?やべっ!死んじゃったよ」とシロート考えで口に出しちゃうレベルは、ほぼクリニカルデスの状態で、反応が無くても聞こえていたり、記憶に残っていたりするので、この状況における傷病者に対するネガティブな発言は慎んで下さい。(笑)

次に、臓器移植で焦点となっているブレインデスです。(洒落じゃないデス)医学的には、この死をもって死とする場合が多いようです。そして、これで生き返ったらゾンビのレベルがバイオロジカルデスになります。

話しを元に戻して、このTTXは非常に安定した毒で、しかも驚くほど猛毒です。安定していると言う事は、解毒などの対処法が殆ど無く、猛毒とは少量で人を死に至らせることが出来ると言う意味です。よく比較されるのは、青酸カリですが、その1000倍の威力がありますので、どんだけ凄いか!お分かりいただけると思います。(わ、分かりませんよね?)

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そんな猛毒ですから、いくら自身がその毒を持っているとはいえ、そんだけ盛ってればフグも死にます。

ちなみに、フグ毒は食物によって摂取され、ある一定量を肝臓や筋肉などに蓄積させ、ある時期には全く毒が無くなる「無毒期」があります。しかし、どんな時でも、ある一定量は摂取しませんので、当然の事ながらフグ自身も分かっているのですね?致死量を。

人によって、酒は「百薬の長」と言いますが、量の個人差はあるものの、飲み続ければ急性アルコール中毒で最終的には死に至ります。もちろん、同じ尺度で考えてはいけませんが、比喩としての理解は得られると思います。

フグでも止めれる毒の摂取を人が止めれないのは「酔い」を「良い」と勘違いしてしまうからなんでしょうね?(猛毒の話しだけに...オチて欲しいは、ブラック過ぎっすか?)

コモンフグ
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シリーズ第5弾「毒」

シリーズ第5弾は、自分が研究として取り組んでいる「フグ毒」(テトロドトキシン以後TTX)に関して書いてみました。かれこれ6年ほど前から、東海大学海洋学部斎藤研究室のお手伝いをしながら感じた事、見た事実、実証できた事、考察を交えながら伝えられたら面白いな?と思い、執筆を開始します。お楽しみに。

第一話 フグもTTXで死にます(前編)

センセーショナルな切り口で始めたかったので、ありえないところから入ってみました。本来、この表題に至るまでには、もっと必要な事例やデータを提示して、ある程度の理解を得られてからでなければいけないのだと思いますが、学術論文を書く訳ではありませんので、スタートは「毒を以て毒を制す」ではなく「毒を持っているのに毒で制されちゃう」です。その前に、TTXと表記する理由は述べておきます。フグから見つかった「毒」なので、フグ毒と呼ばれるようになった訳ですが、よくよく生物界を見渡してみると、フグでもないのにこのTTXを持っている生物が結構います。ダイバーに馴染みのあるところでは、ヒョウモンダコやツムギハゼ、スベスベマンジュウガニが挙げられます。陸上の生物でもカエルやイモリなどからも見つかっています。つまりフグ以外の生物からも、この毒が見つかったことから、フグ固有の毒ではないということで、最近はあまりフグ毒と呼ばれなくなってきました。もちろん、呼び易さや慣れからフグ毒は、呼称として多用されますので、使っていけない訳ではありませんよ。さて、お題目の話しですが「致死量」という言葉を聞いた事がありますか?そうです、死に至る量と、読んで字の如く、ある許容量を超える事で、症状が現れ、手当が遅れれば、生物学的な死を迎えることです。と、前フリはこの辺で、次号の後編に続けたいと思います。

コモンフグ

画像は、研究で潜っている時に遭遇したコモンフグです。フグの種類によって、TTXの蓄積部位の違いや毒量の変化があり、何故そのような違いが生じるのか?あまり分かっていません。

第七話 海洋環境的生物多様性(総括・後編)

謹賀新年、今年も豪海倶楽部&ライターズ及び鉄 多加志をよろしくお願いいたします。

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さて、新年の挨拶も済んだ事なので、早速前号の続きをお送りいたします。新年早々いきなり暴露ネタみたいな話しで恐縮ですが、これって大事な事なんです。

たったの3ヶ月の準備で臨んだ国際会議です。しかも、自国開催が2年も前から分かっていてですよ。こんな事は子供にだって分かるほど簡単な「やってはいけない事」です。逆の見方をすると、この準備はやりたくても何らかの理由で「やってはいけない事」だったのかも知れませんね(笑)。

そんな考察は後回しにして、事実に即して話しを進めてゆきましょう。

この不準備の傾向は、何もこの会議に始まったことではなく、G8首脳会合・洞爺湖サミットにおいてもありました。当時、京都議定書絡みで「温室効果ガス」を減らさなければならないリーダー的立場にあった日本に突きつけられた命題…というよりは、自分で言っちまった1990年に比べてこのガスをー6%するっていう言質。

ところが、この時点で日本は1990年に比べて+9%のいわゆる「火の台所」状態。経済ばかりがマイナス成長のくせに、そっちはプラスなのね?と散々嫌みを言われたと思いますが、この時も直前までコアになる施策が見つからないまま、右往左往していました。その狼狽ぶりは、かなり近い所まで聞こえていましたから、お粗末さ加減に呆れると同時に「あぁ、このタイミングならば、簡単にスペックインできるんだな?」と思ったほどです。

で、話しを本題のCOP10に戻して、数々の思索の内「それも試みの一つ」と言ってしまうんだぁ?と思ったのが「里山」でした。別に里山が悪い訳ではありません。ただし、それを「生物多様性」の割りと中心的な位置に近いところに置いて話しを国際会議でしてしまうセンスが如何かと思ったのです。

枠組みの一つや垣根の一端であれば、まだ救われたものの、この牧歌的とも思われる手法を、ここんとこノーベル賞に縁がある「世界で1番でなくても良い」と言い切る大臣がいるような、科学先進国の日本から出てきてしまっては、お集りの皆様に申し訳ないとか思わんのかね?と端から見ていて歯がゆかったです。

と同時に、会議というか、プレゼンというか、ブッチャケ言い合いを繰り広げる人たちの年齢が、諸外国の人々に比べ、日本はダブルスコアー並に高く、正味一週間不眠不休で言い争いをして、こちらの意図や主旨、果ては政策すら納得させて、今後の展開を有利にしなければいけない立場なのに...疲労やカゼでダウンして、次々と人が変更になり、相手に舐められっ放しでは、話しになりません。

はっきり言って、この会議の取り組みは失敗です。当たり前ですね、勝てる要素が一つも見当たらない訳ですから。この失敗は大きいですよ。今後、日本で海洋(水産)を含めた生物多様性に関する会議の現在予定されている以降の開催は無いと考えられます。日本は、昔からやってきた「国立、国定公園」の制定の失敗からの教訓であるとか、海洋立国としてのアプローチとかあったはずなんですが結局、環境省と農林水産省との溝が埋まらず、加えて国土交通省との連携も図れず、それをそのまま「我が国は、こう言う事情があって...」みたいなブッチャケぇ論は勘弁して欲しいです。

しかし、日本で開催してくれたお陰で、実際に参加した人から生々しい話しも聞けましたし、生物多様性で実は最も大切な事は何か?を教えていただく事ができました。もちろん、立場によって「何が大切」なのかは違いますし、自分に納得ができる話しが聞けるか?は、なかなか難しいことだと思います。それでも、僕はある研究者というか科学者から「生物多様性において重要な事は、成果主義になってはいけない事です」。

つまり、こうしたからこれだけ絶滅する生物が減ったとか、これだけスピードを緩める事ができたとか?って物量的な判断に囚われないことだと思います。

更に続きます「これから発見されたり、誕生する生き物に対してどぉアンテナを張るか?」つまりここには予防的な要素があるわけです。科学的な根源に基づいて考えると、どうしても不必要なものを優先して切り捨ててゆかなければなりませんが、未来のために何が必要なのか誰も分からない中で、その考え方は危険です。だからこその「生物多様性」であり、これは現在の私たちが暮らす社会において最も欠落していることなのだと気づかせてくれました。

「成果主義にとらわれない研究」これは、エスケープではない生物多様性が教えてくれた、近未来の科学のあり方だと思います。常に成果を求められる人にとっての生物多様性の意義と本質は、温かな毛布に包まれたような安堵感がります。すべての生物に、この安らぎが行き渡ることを。

これにて「ガイドにできること」は終了です。あらためて、ガイドにできることの意味を考え、自分なりに反省しながら書いた部分もありましたが、海やそこに携わる人の魅力が少しでも伝わっていれば良いなぁ〜と思います。

次回は、未定...でも、根源に立ち返ったところで、また自分のフィールドを中心とした事を書いてゆきたいと思います。

カマキリ(アユカケ)の浮遊個体

画像は、カマキリ(アユカケ)の浮遊個体です。12月中旬から1月にかけて、河口付近で産卵しハッチアウトした個体は、2月頃に海岸線の浅い場所で観察されます。このサイズ(1cm)の個体をフィールドで撮影したのは、これが初と思われます。

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第七話 海洋環境的生物多様性(総括・前編)

最後に、僕なりに「生物多様性」をまとめてみたいと思います。

まずは、歴史のお勉強から。92年5月に生物の多様性に関する条約の採択がされました。リオデジャネイロで開催された「地球サミット」です。ここで、行われたスピーチが、ある意味で環境を考える起爆剤になるほどの衝撃を世界中の首脳陣に与えたそうです。ネット上に紹介されていたので、こちらをご覧になって下さい。

翌93年に地球サミットを受けて、環境基本法が制定されました。95年には「生物多様性国家戦略」が決定し、少し間が空いて02年に「新・生物多様性国家戦略」が決定します。

ここから、関係するいくつかの法律が制定・改正され、07年に「第三次生物多様性国家戦略」が決定されます。この時、日本は海洋基本法を制定し、自国が海洋立国であると改めて位置付けております。その翌年に、いわゆるCOP9がドイツのボンで開かれました。この締約会議は2年ごとに行われるため、この時にはCOP10の開催地が愛知県の名古屋市であることは決定されておりました。ちなみに、COP11はインドです。インドは、この決定するであろうと予測される時点で、この締約会議に向けて、国力を上げてキックオフしています。つまり、2年数ヶ月と言う時間をゲットした状態で、この会議を迎え撃つ訳です。

例によって、例のごとく、自分の意見が主張し易いように、詳細は省きます。(笑)あまり省くと、情報筋の方々に後ろ指を指されますので、08年7月のG8首脳会合・洞爺湖サミットで生物多様性の重要性を確認した事と、翌年09.4月のG8環境大臣会合でシラクサ宣言を採択した事、同年7月のG8首脳会合(ラクイラ)でシラクサ宣言を承認しています。また、蛇足かも知れませんが今年、つまり2010年は生物多様性年です。(笑)

で、流れはこんな感じです。切り込みたいのはここから...。

日本は、2年前から名古屋でCOP10が開催される事を知っていながら、その準備を殆どしていなかったと言う事です。確かに、政治の世界を見れば、そんな余裕は無かったと思います。いろいろな問題が山積する中、逆に何で政権が交代して、いろいろな意味で「カチカチ山」なのに、こんな締約会議の対応は先送りでしょ?と閣僚を含めて、上から数えた方が早い人たちは思った事でしょう。今年の3月16日に「生物多様性国家戦略2010」を閣議決定していますが、実際問題として、COP10の対応は7月後半から始まって、日本お得意の「一夜漬け」対応でこの会議に臨んだのでした。

むむ。ちょっとゴシッピィ〜になってきましたが、面白いのでもぅちょっとだけお付き合い下さい。

画像は、ヤナギウミエラに付くガラスハゼ...

単に奇麗なので撮影しましたが、まさかウミエラが卵(プラヌラ?)を持っている状態だとは気が付きませんでした。これも生物多様性?(無知による)

第七話 海洋環境的生物多様性(後編)

確かに「生物多様性」を環境的な観点で勝手に考えてしまうのは、こちらにも都合があるからなのかも知れませんが、生態の歯車あるいはベースコントロールによるバランス調整を含んだ、もっと深い意味合い(愛)があるのかと...。

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もちろん、あるんでしょう! しかし、結論が全てを台無しにしています。

当然、文章として面白可笑しく書いて、勝手な解釈しているので、ちゃんと紐解けば「博愛」の精神を見いだす事も可能かと思います。

まぁ、この期に及んで人間を「沈む瀬」にしないところが凄いと言えば凄いのですが、ある意味「この期に及んで」いるからこそ、生物ヒエラルキーの頂点として、人類の生き残りをかけて「多様性」しようとしているのかも知れません。

生物の利用と聞くとイコール食品と考えますが、第一次産業的な観点よりも、医薬品であったりエネルギー資源利用であったり、そちらの方の天秤が重そうな雰囲気です。有効利用と言った時点でそれが「豊」のためでなく「富」を目標にしているものだと気が付きますけどね。

そうすると、僕らが考える「生物多様性」から増々遠のいて行くような、つまり疎外感があります。

キレイごとを言うんじゃないよ!と怒られるかも知れませんが、やはり生物が多様である事で、生態的なバランスシートが良好に機能し、またそのバランスを維持するために何をしてゆくか?

そう言った議論であれば、世界に向けて、人類一丸となって臨める一大スローガンになり得るのですが、医薬品やエネルギーメジャーなどの一部の利益が優先されるような観点が見え隠れする扇動的なものであれば、吟味しなければなりません。

更に問題なのは、この生物多様性で論じられている生物の大半は「陸上」のもので、海洋生物に関しては殆ど調査が進んでいない状態なのだそうです。

はぁ〜? 海屋の立場からすれば、こんな片手間な「生物多様性」があるのか!? と思って呆れてしまうほど、何ともお粗末な多様性です。

つまり、データが少なく、精査に莫大な費用を要し、学者が非生産的な研究に没頭するタイプが多い (笑)...などの理由から軽視されているのだと考えられます。

先月、名古屋で開催されたCOP10はどうだったのでしょうか?

日本はホスト国として、あるいはシェルパとしての役目を果たし、国際社会に何を提言できたのでしょうか?

今月の27日に、奇しくも第十回目となる「三保水中生物研究会」のテーマは「海洋生物多様性にかんする学習活動の成果公表」です。ここで発表される10作品が、どんな文言よりも説得性のある「生物多様性」だと自負しています。

14:00から静岡のグランシップの映像ホールで行いますので、横にそびえ立つ1/1ガンプラと併せて、お誘い合わせの上、ご観覧下さいますようお願いいたします。(って、もしかして3か月もかけて長々と、このための宣伝をしていたのか!?)

もっと人類は、イナセな生き物として生命を全うしたですね?もっとも、ダイバーは僕ら市民レベルの目線で「海洋生物多様性」を達成できる素養があり、何らかの貢献が出来ると信じています。

なんつったって“marine biological diversity”っつ〜くらいですからね?(笑)

画像は、10年以上の歳月を費やしてやっとの思いで観察&撮影の出来たシモフリシマハゼの卵を守る行動です。

浮き石の天井だけでなく下にまで卵が産みつけられている状況に感動するとともに「ハゼは天井に産みつける」という既成概念がブっ飛びました。

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第七話 海洋環境的生物多様性(中編)

ググったりヤホったりしていただけば、即座に有識者と言うか、上から目線の人たちが考えている「生物 多様性」について知ることができます。非常に上手い導入と言うか、啓蒙の仕方をしていますね。近年、年間3万種以上の生物が絶滅し、そのスピードは恐竜が絶滅した時代を凌ぐほど、恐ろしい速度で進行しています...

この文言から、ある種の層は「それって、ヤバくねぇ?」って思います。単純にヤバい!って思わせてしまう事が狙いですから、この文言の成果は非常に高いと言えます。

んじゃあ、そう言うあなたは、この状況をヤバいと思わないのか!?と聞かれると、これは地球がかつて無いほどのダメージを受けている事になるわけですから、ヤバぃ状況だと思います。

しかし、その直感的にヤバいと思ってしまわせて、その次のステップ、あるいは、この導線の展開が何とも摩訶不思議な世界へと繋がっていることが問題なのです。ボウリョクテキに中をスっ飛ばして結論を言うと、生物が多様なほど人類が利用できる種が豊富であると考えられ、それだけ有効利用できる種が...おぃっ!それって資源確保じゃんよぉ〜?んん、何か違くネ?今月、名古屋で開催されるCOP10...こんなヘソ曲がりなオイラを納得させてよ。

画像は、卵を必至に守るオスのヒメハゼ。

ある意味で、ハゼは食物連鎖の底辺を構成していますが、それでも生きると言う行為に対して真面目です。

第七話 海洋環境的生物多様性(前編)

そろそろ、このガイドの観点に立脚したお話しもネタが尽きてきました。

もちろん、このままダラダラ続けることは可能ですが、折角ここまで良い緊張感を保って(笑)書いてきたのに...そんな事をしたら台無し(既に何度もダメにしていますが)になってしまうので、この辺で終わりにしたいと思います。

しかし、普通にフェードアウトするのは心苦しいので、最後にガイド的観点に立って環境に対する問題を提起してこのシリーズの幕引きとしたいと思います。

以前、屋久島のしげるくんも問題視していましたが、国政や国際社会が提唱する「生物多様性」とは、一体どっからの立ち位置から見たものなのでしょうか?

普通に考えれば「生物の種類が多ければ多いほど、いぃぢゃんねぇ〜」的なイメージがあります。あるいは「生物の数が多ければ多いほど、いぃんぢゃない?」とも考えられます。

率直に言えば、上記の両者の考え方が、単純に賞賛されていると考えられます。まぁ、深く考えなければ、それもアリかと思いますが、それって本当に人類だけでなく、地球上の生物が望む状況なのでしょうか?

ひとつの側面から見れば、人類が評価する偏った見方で「多様性」という言葉を定義する場合、悪いイメージで使うはずがありません。っと言う事は、種類や数が多いほど、良い...って事になります。

おぃおぃ、本当にそれでいぃんですか?

それって、少子化のパラドクスで言っているだけではないですか?

キャパや上限などの観点に立てば「飽和」は存在しないのか? と疑問に思ってしまいます。

ある日イナゴが言いました。「人類の方が地球にとってイナゴな存在」だと。

第六話 ガイドの技(第7編)

ゾーン

これは、技と言う領域を超えたある種の「パワー」です。武道の世界ならば「奥義」といえるかも知れません...

ありゃ?ちょっと違和感がありますねぇ〜、そうです!到達する「境地」の方がしっくりきます。

長年ガイドをやっていると、年に何度か妙に調子が良い時があります。それが、レアモノを見つけたり、ありえない光景に遭遇したり、生態行動をバシバシ!当てたり、その全てだったり。

もちろん運もありますが、運だけでは説明のつかない、それが絶対的な、自分の存在によって、もたらされている現象なのだと認識することがあります。

それが「ゾーン」と呼ばれる力が発動された結果なのです。こんな事は、2度と無い!これ以上の事は、もぉ起きない!って思ったことが今までに何度もあります。しかし、何度もあるってことは、2度も、これ以上も、年を追うごとに積み重ねられているってことです。

難しいのは、この難題をゲストと共有することです。自分が見ただけでは、ガイドとしての面白みは、その半分にも満たないのです。ゲストと共に見たり撮影したりしてこそ、プロのなせる業になります。

第六話 ガイドの技(第6編)

チャクラ(第六)

「第三の眼」とも呼ばれる、この比喩的な表現は、2つの眼を超える領域で、物事を見据えたり、見えないものを感覚的に捉えたりすることができる能力を示します。

神仏などの額に、ホクロのような突起や時として宝石が埋め込まれていますが、これは象眼と言われるはめ込みの技法です。三眼像と呼ばれる神仏像は数多くあり、それは「アジェナチャクラ」を具現化したものと考えられています。

つまり、チャクラが開くあるいは開眼すると言った状態は、ある意味で神仏の域に、あるいはそれに匹敵する能力を使うに達する事を指します。実際は、その領域を量る物差しがないので、計り知れない力を発揮している状態を、神の第三の眼に例えて、そう呼ぶのだと考えられます。

あまり、サンスクリット系のことを語り過ぎると、ただでさえ見ようによっては「危ないオッサン」なのに、余計に危なく見えるので、この辺で止めますが、何でタカがガイド風情が、そこまで大仰な事を言うのか?と聞かれれば、僕らは常に自然と伴に生活し、その調和や融和によって、この力が導きだされていたり、鍛錬されているに違いないから(と考えるから)です。

欧米的な手法では、このチャクラを開く事は難しいかも知れませんが、日本的な観点であれば、比較的理解がし易いのではないかと思われます。

日本人ガイドの持つ神秘的な能力は、このような土壌や背景に因って培われ、それがゲストをもてなす力となって現れてい るのではないでしょうか?

擬態するホリキヌヅツミ

トリミングしても、その存在を明確する事は難しい。

第六話 ガイドの技(第5編)

試合

以前にも書きましたが、勝手潜り(リサーチダイビング)は練習であり、それは本番のガイドに備えるためのものであります。

そんな事は忘れて、楽しんじゃっている(笑)場合もありますが、ネタ拾いは忘れません。このネタは、本番における「技」であり「攻撃」であります。

もちろん、技が通用しなかったり、あるいは攻めに攻めても、レスポンスがない場合もあります。しかしそれでも、これはガイドにとって真剣勝負の「試合」なんです。

試合である以上は、負けて良い「試合」はありません。つまり、どんな手を使ってでも、勝たなければいけないのです。勝負の世界において、勝率100%はありません。しかし、僕らの業界において勝率6割では、それはあまりにも低すぎる値になります。どんなに悪くてもアベで7割以上をキープしないと「存続不可能」な状態になります。

同業者ならば、この数値が示す割合が直ぐに試算できると思います。満足イコール「リピート」であり、消化不良イコール「もぉ行かない!」になります。3割以上のゲストが次回来なくなることを考えれば、新規のゲストの獲得数をプラスアルファーで考えても、それは廃業の烙印を捺されたことに等しいのです。

そぉ言う気持ちで、ガイドしていますか?

試合という軽い(重かったりして)プレッシャーの中、ゲストに紹介するネタは、一つ一つが、今までとは違った風景であったり、生物に対する愛着であったり、そう思える自分自身の形成になります。

「ガイドは試合!」こう思うことで、今までの甘い自分の認識にオサラバし、新たな境地へ踏み出せるかも知れません。

(すみません、いぃ過ぎていました)←弱気

第六話 ガイドの技(第4編)

小ネタ

ガイドもお笑いの芸人さんのように、ある種のネタ帳のような引き出しがあります。

メインとなる「大ネタ」も大事なのですが、そこの盛り上がりにもってゆくためには、ジャブ的な小ネタが必要となります。ピークがない場合は、この小ネタを織り成すことで、ガイドを組み立てることもあります。

もちろん、大ネタ一発勝負!みたいなガイドも時期によってはありますが、基本はこの小ネタの形成にかかっています。少なければ、満足の域に達しませんし、多過ぎれば消化不良で、これもまた頂けません。

若い頃は、これでもか!?みたいにネタを並べて、ひけらかすようなガイドをして、自己満足に陥っていたこともありますが、最近は「過ぎたるは及ばざるが如し」の意味を悟り、そのギリギリの頃合いを確かめながら、ゲストに照らし合いながら、ガイドをすることの面白みに気がつきました。

もちろん、海あってのガイドですから、コンディションにお伺いをたてなければなりませんが、どんなに悪くても「こんな世界があるんだ?」と関心を持ってもらうことが、ガイドの勤めであり、海のシェルパとしての努めです。

第六話 ガイドの技(第3編)

閑話休題後段

そこで、技術認定です。

周囲の勧めがあって、いきなり2級を受けることになりました。2年前に受けたときは、正味の話し...受かった!と思いました。しかし健闘空しく落ちました。1年前は、検定が終了したとき、落ちたと思いました。合格ラインまで僅差の出来でしたが、ダメでした。その僅差を読めるところまで成長はしたようです。

そして迎えた今年の2月24日、3度目の正直で、見事!スキーバッジテスト二級に合格しました。これは、非常勤講師をしている東海大学の冬期集中授業のスキー理論実習の授業の中のことで、僕は授業のサポート(研修かな?)をしながら、学生に混じって便乗受験していました。

なので、学生諸子と同じ目線で検定を受け、落ちる度に、互いに地味に落ち込み、励ましあってきました。2年前に1度目で受かっていたら、こんなにも感動をしなかったはずですし、これほど多くのことを感じ、学べなかったと思います。そう言う意味では、これまで厳しく検定をしてくれた検定指導員の方々に感謝しなければなりません。

2級になったから、僕のスタイルの何が変わるわけではありませんが、そのステータスを自覚することによって、またスキーが楽しく感じられるようになりました。来年は1級!受けてみますが、今度は本当に何年かかるか分かりません。しかし、自然環境における案内の観点は、ダイビングで培ったものがありますので、動植物や気象変化を的確に捉え、それを個性に合わせて解説する能力は高く、その点では一日の長があるね?と、指導員の方から言われました。

ガイドという明確なカテゴリーを持たないスキーの世界において、今後ゲレンデガイドは、バックカントリーの案内人とは別に、必要になってくるものだと感じました。

ん?これから冬は、山でも...ガイドか!?(笑)

第六話 ガイドの技(第3編)

閑話休題前段

1年ぶりに雪山に行ってきました。ここ2年ほどの間ですが、7〜8年のブランクを経てスキーを復活させました。

その間、板は短くなり、カーヴィングと言う大変便利な進化を遂げていました。ダイビングのガイドやインストラクターの仕事も円熟(単に年をとっただけとも言いますが)期を迎え、そう言う視点から「スキー」を見直してみると、実に面白く、その共通点や相違点からいろいろな事が学べます。

ダイビングもスキーも海や雪山に入るための手段や道具であり、そこに各々の歴史や文化があります。3度続けてお世話になっている野沢温泉スキー場は、僕がスキーを始めた地であり、スキー博物館のある由緒正しいゲレンデなのです。ここの歴史を紐解いちゃうと面倒なことになりそうなので、興味のある人はヤホったりググったりして、各個人で紐解いてみてください。

で、話しを元に戻して、スキーはダイビングのように認定講習はありませんが、技能検定講習があります。つまり、ダイビングは認定ダイバーにならないと潜ることはできませんが、スキーは認定というシステムがありませんので、勝手にあるいは自由に滑ることができます。

僕も、2年前までは勝手滑りなスキーヤーで、ダイビングのように認定という縛りの無い雪山社会に、ある種の畏敬の念を抱き、その恩恵に与ってきました。

しかし、人間...齢を経ると、弱くなるって洒落ではありませんが、自由というか勝手をすることに疲れてしまいます。自由や勝手には強い意志や体力、気力が必要なので、そのモチベーションを維持することが難しくなってきます。趣味とは言え、このスポーツを行う自分が何者で、現在、正直、何処に位置しているのか、何処に向かっているのか分からなくなってしまいます。

第六話 ガイドの技(第2編)

空間把握能力

そもそも水中は平面的な世界だけではないので、優れた3次元の感覚がなければ、いろいろな情報をキャッチできないし、一緒に潜っているゲストをコントロールできません。

この能力は、ネタの追い込みだけでなく、ゲストを安全に導くという意味でも、非常に重要な感覚といえます。

第五話の川本やマサシくんを始め、潮通しの良いドロップやチャネルをポイントとして頻繁に使っているサービスや、ブルーウォーターダイブを主催するお店のスタッフは、研ぎ澄まされた能力が備わっているはずです。もちろん、水中に何千、何万と潜っている人ならば、十分に理解できる能力なのですが、能力が開花するか否かは、多くのトライ&エラーや飛びぬけた資質が要求されます。

しかも「切れ味」を身上とする能力なので、研いでいなければ錆つくばかりで、回遊魚ばりの遊泳力や一見すると変則に見える方向感覚は維持できないのです。

普段からヒメジのようなガイドをしている自分としては、飛べない鳥が大空を舞う猛禽類を見るが如くの羨望を隠せません。

当然のことながら、スタイルが違えば使用するフィンも変わりますので、僕が普段三保で使用している器材は、この感覚が生かされる場所では適正ではないのです。3次元の弘法はフィンを選びます。

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