ゆうすけの豪海倶楽部The Diving Junky Magazine

じじゅごん先生の〝ほんまか塾〟

じじゅごん先生のほんまか塾 Vol.1
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新年のご挨拶

ありえたい(ダンゴウオの巻 その2)

ありえたい(ダンゴウオの巻)

節目の一節

「一年の計は元旦にあり」というけれど、二月三日の節分にも何かしら在ると思われる。

JUN-Pの記憶としては、節分って二月四日だったように思うのだが、いつのまにか三日?になっていて、今更ながら不思議に思って調べてみたら、ずいぶん前から三日になっていて、ゆくゆくは二月二日になるらしい。。閏年の関係で日付が変動するというのだが、まぁJUN-P的には数字(月日)なんてどうでもよいので、かえって変動するほうが、季節が変わる節目という事実を大切にしてあるように感じたりもする。

JUN-Pは日本人なのでグレゴリオ暦というものに、いまいち納得ができていない。
月を見上げて、月の満ち欠けと共に生活していればいいものを、、と激しく思うのだ。

なんとなく、人恋しいなぁ。。と思って月を見上げたら、満月だったりする。
久しぶりに懐かしい友人から連絡があった夜の月はまんまるだったりする。

月の引力が感情を引き出すというのは本当だ。

気分が揚がらない週、月はずんずん欠けてゆく。
なんか、やっぱり頑張ろう!と思い始めるのは月がふくらみ始める時。

数え上げればきりがない程に、人も、こんなにも月に左右されるのに、生活のサイクルがグレゴリオ暦ではどうにも生きにくかったりする。

話しがお月様の方に引っ張られてしまったが、今回は節分のお話だった。

節分とは、季節が移り変わる節目のことで、立春・立夏・立秋・立冬の前日を指す。昔からの考えで立春を一年の初めとすれば、二月の節分は前年の大晦日ということになるのだ。

今年の元旦をぼやぼや過ごしてしまったJUN-Pだけど、どうしても心機一転TRYしたい事が出来たので、節分の機にJUN-Pの聖地である「赤目四十八滝」に禊ぎにいってきた。

禊ぎといっても滝に打たれるのではなく、気持ち的浄化みたいなもの。

滔々と流れる水は美しく、水を含んだ清浄な空気も、JUN-Pのもやもやしたものをきれいにしてくれた。

けど、TRYの結果は惨敗。。
なにがいけなかったのだろう?

それは言わずとも知れている。
日頃の努力が足りなかったのだ。

それが解って、心機一転!
また新しいスタートだ。

あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

稲佐の浜

稲佐の浜は美しかったです。

波の音に心が洗われるようでした。

山陰特有の低い空から、、光が降りて来る気配に感動しました。

この波の音が皆様のもとに届きますように。。。。。。

稲佐の浜

母の喜寿のお祝いに、島根の出雲に行くことにした。

喜寿とは「喜の字の齢」ともいい「喜」の草書体が七十七に見えるため、77歳のお祝いとされたらしい。(JUN-Pの保身の為に言えば、母は晩婚だったのでここからJUN-Pの年齢を推測するならば10ほどマイナスしてもいいかもしれない)

77歳か〜。父が亡くなって十数年経つが、母が長生きしてくれていて本当に喜ばしい。

実は父の名にも「喜」という文字があり、今回の喜寿はなにやら啓示的な機会のような気がして、以前から憧れていた出雲の地へ行ってみようと思ったのである。

出雲には足を踏み入れたことがなかった。

JUN-Pにとっては懐かしいような、それでいて聖域的な雰囲気で、気軽に観光で行くことは許されないような気がしていたのだ。

皆さんご存知の通り、出雲大社には旧暦10月、全国から八百万の神々が集まられる。

出雲でいう神在の月、神々は人と人との縁(えにし)を定める神議り(かむはかり)を行われるのだ。きっと神々は人には見えない綾をほどいたり、結んだりされているのだろう。。

JUN-Pが出雲に惹かれだしてからずいぶんになる。

以前は奈良時代とかに興味があったのだが、どうやら自分はヤマト系ではなく、縄文寄りの人間だなぁーと強く自覚するようになって「国譲り」以前の神話に興味をもつようになった。

国譲りとは、高天原の神々が、国津神である大国主神から日本の地を譲り受けたというお話だ。譲り受けた、、という表現にはいろいろな背景が含まれているのだろうが、話しの続きが天孫降臨だといえばなんとなく意味がわかるかと思う。

さて、この国譲りの舞台になったのが、出雲大社からほどちかい稲佐の浜だ。

古事記によれば、何度かの交渉の後、天照大神の使者である建御雷神が海に剣を刺し立てて大国主神に最後の決断を迫ったらしい。

ネットやらの写真で見る稲佐の浜の向こうには、青の濃い日本海が広がっている。

この海を経て様々なものが流れ着いたことだろう。。。

JUN-Pは、稲佐の浜から海を見ることに憧れている。

神渡りの浜。神在月に全国から集まられる神々も稲佐の浜から上陸される。神迎祭で龍蛇神に先導された神々は、神迎えの道を経て、出雲大社の東西十九社に鎮まられるのだ。

JUN-P達が出雲に行くのは神在月最後の日。

偶然にも、神議りを終えた神々が各地に戻られるという神等去出祭の日にあたる。

祭事に参加して稲佐の浜までお見送りに行けたらいいなぁと思っている。

ちょっと月待ち

今年の9月30日は中秋の名月の日が満月だ。だった。

皆さんはご覧になられましたか?

JUN-Pはお月見の前夜祭として28日に女子会がある、あった。ので、それも楽しみにしているところ。

その頃のお月さまの名前は十三夜月といい、満月に次いで美しいとされるのだけれど十三夜月を愛でる風習があるのは旧暦9月13日の話で、今年でいえば10月27日だ。

なのでちょっと違う?のだが、JUN-P達は9月の十三夜に、十六夜というお店にいくことに湧いている。

女子会とは些細なメールの一言から詳細が決まってゆくものだ。

「残業ばっかしや」「旨しものを食したい」「ちょっと小粋な縄のれん?」「日本酒。。」「いつする?」「中秋やし」「名月を愛でつつ?」「店入ったら月みえへんで」「外?」「じゃぁ川床の?」「十六夜で」「あ、30日あかんねん」「28でいいやん」「十三夜やな」「十六夜で?」というような流れ。

女子会なんてのは何かと理由をつけて寄合いうじゃうじゃお話するのがおもしろい。いっけん無意味な会話のなかにキラリと光る有意義があったりするのだから。

お天気はどうなんだろう?

データとして中秋の名月に大阪が晴れる確率は3割ほどだとか。。。。。。

秋の長雨といえば、そうせいかしらんマンションの草むらにまたぞろキノコを発見した。数年前にみつけた時は写真を撮らなかったんだけど、今回の子は可愛いのではパシャリ。

大阪市内で野生のキノコ

大阪市内で野生のキノコを見つけるなんて、ちょっとロマンチックでもある。

頭にのっかてるのは土かな?もののけ姫のこだまみたいで可愛い。

まさか食べようとは思わないが、念のために検索してみてビックリ!

大阪で食中毒事件を起こした張本人キノコかもしれないとは。。。。

JUN-P触ってないよ。もちろん食べてもない。

近くで何度か息はしたけど、、、肺には入ってない、と思う。

大丈夫やんな。

Yodo.Riv

大阪にある天神橋筋商店街、という名を知っている方はけっこう多いかと思う。

日本三大祭の一つ、天神祭のお膝元としても有名だし、日本一長い商店街としても知られている。北から言えば、大阪市北区で淀川に架かる長柄橋の南詰あたりから、大阪市中央区で大川に架かる天神橋北詰あたりまで3キロ弱もあり、天神橋筋六丁目〜扇町〜南森町と、間に地下鉄の駅が三つも存在しているのだ。だからか、だけどか、JUN-P達は天神橋筋商店街のことを略して天六といっている。

JUN-Pの実家は、長柄橋北詰から遠くない東淀川区の南端らへんにあるので、小さい頃は家族でよく天六に出かけた。昔はお寿司屋さんの激戦区だったらしく、JUN-P一家もお寿司を食べに来ていた。小さかったのでお寿司にはあまり興味がなく、カッパ・おしんこ巻のことしか覚えていないが、帰りに寄るおもちゃ屋さんのことはしっかり覚えている。

確か二階建てで、看板の上の方に大きいお猿がブランコでぐるぐる回るおもちゃが魅力的に飾ってあり、引き込まれずには居られなかった。ひみつのアッコちゃんの魔法のコンパクトやら、弟はタイガーマスクの仮面をとったら伊達直人!の人形を買ってもらったり、、、。

JUN-P姉弟の持っていたおもちゃのほとんどは、天六で手に入れていたかと思われる。。。その商店街もあの頃とは様変わりし、おもちゃ屋さんも姿を消してしまったが、今でも天六を歩けば家族でお寿司を食べに来ていたのは給料日のイベントだったのだろうなぁ〜。と、昭和的な色で懐かしく思い起こすことができる。

さて、JUN-Pがお勤めしている会社は奇しくも天神橋筋六丁目。そう、天六駅で下車するところにある(特に奇しくもないか、、)。

ということで、最近、おもいきって自転車通勤を復活した。

と、大きなことを言っているが。。まるまるのチャリ通ではない。

まずJUN-Pん家から実家まで車で行き、実家で自転車に乗り換えて会社まで行く、という手順を踏んでいる。帰りはもちろん実家までチャリで戻り、車に乗り換えて家に帰る。

な、、なぜ、そんなにめんどくさいことを?

だって、JUN-Pが住んでるところは大阪市東淀川区の北端なので、会社までまるまるチャリで50分はしんどいな〜と、思うからである。また、実家を経由することによって、帰りには晩のおかずが手に入るからである。

ともあれ、チャリで淀川を渡るのは爽快だ。

風がとても心地よく、懐かしい匂いが優しく頬を撫でてくれる。

JUN-Pは淀川の匂いが好きだ。JUN-Pん家は神崎川と安威川に挟まれたところにあるから、川の匂いなら毎日感じていそうなものだが、やっぱし淀川には幼い頃からの想い出とかもあって、特別に懐かしい匂いがするのだ。

父親と弟と来たハゼ釣りの、うどんをこねたような餌の匂いとかまでリアルに思い出す。

本当はうじゃっと虫とかが入っていたのかもしれないが、そこんとこは記憶が上手に消去してくれているのだろう。

JUN-Pたちは、長柄橋を渡ったとこにある釣り具店で、竹の先に輪っかが付いただけの竿を買ってもらい、それに釣り糸を結わえて釣りをした。

餌はうどんのんじゃなく、川辺の砂を掘り返して穫ったシジミだ。シジミの殻をコツコツと小石で割って釣り針にくっつける。これでけっこう釣れたものだ。フナとかも釣ったよ。オタマジャクシもたくさんいたし、ザリガニやエビの小さいのんとか、淀川は生き物の宝庫だった。愛犬ワン太とも来たし、凧上げにも来た。

JUN-Pはきっと、淀川を渡りたくてチャリ通してるんだろうなー。

川を渡る時に口ずさむテーマソングは、タイガーマスクのエンディング「みなしごのバラード」だったり、サイボーグ009の「誰がために」、「今日もどこかでデビルマン」、「Rawhide」、長渕剛「Good Bye 青春」などがヘビロテだが、どれも昭和くさい、、というか、、、。

もしやJUN-P?会社行きたくないんか?!と気付かされるような選曲群。

そうなのか?JUN-P。。。

うーん。だとしても、大好きな天神祭の花火も近いことだし、がんばれぃ!

ファンタスティック・スリープ

大空を自由に羽ばたいて、、、というのではなく。とてもとても地道に、やっと3センチ程浮き上がるところからフライングは始まる。

浮き上がるだけにも長い助走が必要だ。うーんと走って走って、息があがってきたタイミングをみて、肺いっぱいに空気を吸い込むのである。吸った空気は吐かずに吸って吸ってしないといけない。その苦しさを乗り越えると呼吸は落ち着いて楽になるが、より高く飛ぶためには、足に念力を送り込み丹念に羽ばたき続けなければいけない。まぁ、楽には飛べないな。。という感じだが、地に足がついていないと実感した時の達成感!優越感!
人間は空を飛べないというけれど、やっぱダイビングの心得があるとこういう秘技も使えるんだな。と、真剣に納得できる。

場面は幼い頃の近所の風景。

足の羽ばたきを継続するにはかなりの集中力が必要だが、まず目標の電線超えに挑戦してみる。やった!背面超えが出来た。これは“タカタカボール”になった気分で懐かしい。

余談だが、タカタカボールとは子供の頃に弟と遊んだドッジボールの技である。ラリーのふいをついてボールを電線近くまで高いフライにすると、弟はキャッチに戸惑い落としてしまう、ちょっとどんくさい子だった。。あと技としては“クリ”というのもあって、これは投げる時にクリッと回転をかけることから来ている。スピンのかかったボールは弟には捕れない。。

夢の続きに行こう。電線の次は雑貨屋さんの2Fを超えて、次は小学校の校舎を超える。幼い頃に見慣れた風景を俯瞰しているJUN-P。足への念力は消えそうになっているが、がんばって淀川まで行ければ向こうには海が広がっているはずだ。。旅は長いなぁ。。。。。しかるのち混沌。。そして覚醒。

どうやら、2度目の目覚ましが鳴ったようである。

JUN-Pの目覚ましは3度鳴る。

1度目は早朝4時!

平日は8時5分に家を出るJUN-Pにとって、これはまだまったく起きなくていい時間だ。じゃぁ?一体なんのために??美容と健康のためのジョギング?そりとも早朝読書?

いやいや、違う。

そう、夢を堪能するための早起きなのだ。

?え?意味わからん?

そう、早起きといっても、起きるのは脳だけで身体はお布団の中にいてもいい。早い話が二度寝なのだが、二度寝君は夢の温床、まさしく夢のパラダイスなのだ。飛ぶ夢しかり、ダイビングの夢しかり、リアルで楽しい夢は二度寝の時に訪れるのである。しかも忘れにくい!

いろんな説はあるのだろうが、JUN-Pが認識している範囲の話しで、人間はノンレム睡眠:脳の眠り、と、レム睡眠:身体の眠り、をセットで交互に繰り返すらしい。個人差はあるが、約90分サイクルを4回程繰り返すので、6時間睡眠の人の場合、ノンレム&レムが2セットある。最初の1セット3時間程が熟睡にあたるのかな。

夢を見られるのは、脳が起きているレム睡眠の時だ。

けど、爆睡時の1セット目にみていた夢は残念なことに朝になったら忘れてしまっていることが多い。もったいないが精神衛生上しょうがないとしよう。

大切なのは2セット目の夢だ。JUN-Pは6〜7時間睡眠なので、だいたい夜11:30に就寝すると、1セット目の終了は3時間後の深夜2:30になる。その後90分間程2セット目のノンレムに突入するので、次のレムは早朝4時に開始となる。

そこで、レム開始の予告のベルとしていったん第1目覚ましを4時に鳴らして、まだ布団から出なくてもいい、夢を見放題の時間をつくるのである。

ここ数年間、この方法は大成功している。

夢は記憶の整理ともいうから、良い夢、悪い夢も含めて、自分自身の精神状態をよく知ることが出来る。自分が何を悩んでいるのか、何をしたいのか、誰にどういう感情を持っているのかetc.

ただし、夢は現在と過去の出来事とを置き換えたり、特定の人に対する感情を別人にすり替えたりしてしまう事もあるので注意が必要だ。JUN-Pなどは慣れているので「あ、あれとこれ、すり替えたな」とわかったりするので更に解釈がおもしろくてやめられない。

第2目覚ましはレム催眠の途中で目覚めると見ていた夢を忘れない、という理由から鳴らしている。

じゃぁ第3目覚ましは?

それは下記の図をご参照下さい。

第3目覚まし

次に訪れるであろう3セット目のノンレムの誘惑に抵抗しきれなかった時の対策です。

不惑JUN-P、地に足ついた生活をしなあかんですから。。。

大人の疑問

昨年末に会社をかわって印刷関係の仕事に復帰したJUN-Pも、最近やっと新しい環境に少ーし慣れたかな?という感じで、昼休みにネットを見る余裕も出来てきたりしている。

社員の皆さんもきっとそれぞれ興味のあるページを見ているのだろう。周りと馴染む為には彼らの趣味を知ることも必要かと、少々失礼かもしれないが、後ろを通りがかりにPCの画面を(あくまでも参考程度に)チラ見してみたりなんかしてみたりするのだが、いかんせんJUN-Pは視力が低下しているのでよく見えない!わざわざメガネをかけて見るものどうかと思うし、何見てはるんすか?と聞く程には親しんではいないので、彼らの生態については未だ不明のままだ。

しかし、JUN-Pの生態については、もしかしたら変な噂が発生しているかもしれない。

というのも、JUN-Pが最近夢中になって見ているのは“サナギ”のページなのだから。。「なんで?」って聞かれても「気になるから」としか答えようがないのだけれど、その「なんで?」とも未だ聞いてもらえない状況下なので、「あぁ、、趣味なんだな」と断定されているはずである。

きっかけは何だったかすっかり忘れてしまったけど、気付けばどうしてイモムシが蝶になるんだろう?サナギの中で何が起こっているんだろう?と、その事で頭がいっぱいになってしまっていた。こんな症状は子供時代に通過していなくてはいけなかったのかもしれない。

たしかにきっかけはあった。ご多分にもれず弟が子供の頃にカブトの幼虫を飼っていて、日課のようにオガクズの中からカブトの幼虫を掘り返して手の平に乗せ、転がし、愛おしそうに見つめては、又、ていねいに埋め直すという作業をしていたが、パッツンパッツンに太った幼虫の半透明の皮、。オガクズのにおい。JUN-Pはそれ以上踏み込む気にはなれなかったのだ。しかし、弟は根気づよく数年間カブトの飼育に成功し、昆虫博士とまで言われるようになっていた(机の上に伏せてあった箱を開くと小さいカマキリがワサワサ出て来る事件なども起こしつつ。。)。

けれどその弟さえも、もちろんJUN-Pをも更に、イモムシやサナギに対して拒否反応を起こさせる事件が起こったのだ!こうして書くのも恐ろしい、数十年の時を経ても尚、我ら姉弟にとって最大の禁句、ホラー漫画「毒虫小僧」事件!

深く考えると内容を思い出してしまうので、興味のある方はネット検索してみて下さい。

この漫画を読んだ姉弟は、虫に対する拒否反応とともに、しばらく卵焼きが食べられないようにもなってしまったという、ホラーとしては大成功の作品なので。

この「毒虫小僧」事件以後封印されていたJUN-Pのサナギに対する疑問症状が、大人も後半になって発生してきたというわけだ。

前置きが長くなってしまったが、サナギの中味っていったいどうなっているんだろう?。本題はこれにつきる。よくよく考えてみれば、卵然り、種然り、世界は不思議な事だらけなのだけれど、なんで卵で生まれた虫が、又、サナギになって一旦ドロドロにならなきゃいけないんだ?卵に戻るようなもんじゃないのか?溶けた身体に心は宿っているのか?きっと何か理由があるはずだ!と、おもいつつ、昼休みにお弁当を食べながら、イモムシやサナギ、蝶の鱗粉etc.の拡大図ばかりをネットサーフィンしているJUN-Pは、社員の皆さんから完全に変態視されていることだろう。。

いつの日か、誤解がとけん事を祈らん。。

JUN-Pが愛でているのはアゲハの秀麗Only。。

新年のご挨拶

謹んで新年のご挨拶を申し上げます

海を見たい。と

海を見たい。と、久しぶりの友人からメールがあった。

突然いったいなんだろう?まぁいいか。海ならJUN-Pも見たい気分だし、近場の海でのんびりお弁当でも食べて癒されるのもいいかもしれない。翌朝、愛車のパッソプチプチを駆り友人宅へお迎えに行った。待ちきれない様子の友人は外へ出て待っていたが、何やら大きな荷物を抱えている?えー!釣りっすか?海を見たい。って、、。釣りをしたいってことなん?先にゆーてーや。JUN-Pは秋のおしゃれブーツ姿なんすけど。。

釣りなんて、心の準備は出来ていないし、ブーツが汚れるやん。けれど、そこはNOと言えないJUN-P。行き先は?と聞くと「明石」とのこと。ではカーナビをセットして。友人と釣り道具とJUN-Pを積んだパッソプチプチはナビの言うがままに阪神高速へ上がった。ちなみにJUN-Pの車は阪急電車と同じマルーン色なのだ(ちょっと自慢)。だからといって特急ではない、各駅停車以下のスピードである。なにしろJUN-Pの運転スキルは小心者の典型で、一般道路の走行AVEが37キロ、高速道路のMAXは75キロ、それ以上アクセルを踏むと動悸がして苦しくなってしまう。隣に人を乗せていると、ちっぽけな責任感から動悸は倍増して、まったく生きた心地がしないのである。そんなJUN-Pの心を知らずに、ナビはすました声で、次、分岐、分岐、と、いい気なものだが、人はそんなに簡単に分岐できる生き物ではない。案の定、後方の車にあおられ、横のトラックにクラクションを鳴らされ、あっさりと分岐しそこなってしまった。あらぬ方向に流されうろたえるJUN-Pに、ナビは無情にも、出口の度に、降りろ、降りろ、と言ってくる。まさか、いったん高速道路を降り、また、上がり直して明石を目指せ!とでも言うのか?まったく、融通がきかないとはこのことだ。状況を理解して、臨機応変な対応が出来ないものか?ナビさん、もうアナタを信じられません。黙っていて下さい。海ならこのまま湾岸線を行けばいいと思います。ひたすら南下すれば、そしたら和歌山だから、海に着けると思います。

ほら、着いた!

ほ。

流れ着いた果ては、大阪府と和歌山県の境、多奈川小島という漁港であった。

近くには海釣り公園みたいな施設もあったけど、友人が目をつけたのは、船着き場の漁船と漁船の隙間。着いたのが昼過ぎだったので、既にいっぱい釣っている人がいてウハウハな感じのとこに割り込ませて頂いた。

バケツいっぱいに釣れているのは、ちっこい魚だ。どうやらアジ。なんと?海なら何処でも良かったらしい友人は、嬉々と用意をし始めた。竿に針がいっぱい付いていて、糸の先にカゴがある。そこにちっこいエビみたいなんをいれてアジをおびき寄せるんだとか。JUN-Pは釣りに興味はないし長旅でお腹がすていたので、サンドイッチを食べながら眺めていたら、まぁ、釣れるわ、釣れるわ。釣れるというより、まんまと引っ掛かってくれるみたいで、なんだか申し訳なさすら感じてしまう。けっきょくJUN-Pも、竿を貸してもらって何十匹かを釣って、すっかり名人気分になれた。

アジ

海の中をよく見たら、アジの群れがわんさか廻って来ているので、釣るよりも網ですくった方が一気に捕獲できるのに、と、思わないでもないが、釣りは、いちいち釣ったり外したりしなければ醍醐味がないらしい。そんなもんなんかなぁ〜?

漁港にはいろんな人達が居て、外海に向って釣っている人達は、おっきな鯛とかもゲットしていたし、ある二人組は、一人が釣り専門で、もう一人は釣った傍からアジをナイフで開いて板の上に干す係で、見事なコンビネーションを見せていた。しばらくして海から戻ってきた漁師のおっちゃんが「おー、ネーチャン、今日はハゲばっかりや!」と大声で笑いかけてきたのにはビックリしたが、カワハギって和歌山ではハゲと呼ぶことを思い出して、ほっとした。

とにかく、この日は大漁で、友人と山分けし、その上、ご近所さんに配ったりしても、数日はアジのおかずが続いた。皆さん喜んでくれたし、美味しかった。結果オーライとは、まさにこのこと。

海への道中はこわごわだけど、こんなに釣れるなら、また、行ってもいいかな〜。

ほんま活用

「ゴーヤの苗、3本買おてきてー」と母からメールがあった。

どうやらベランダに緑のカーテンをつくるつもりらしい。。母おもいのJUN-Pとしては「ほんまぁ※1」と一言返信を入れ、さっそくコーナンでゴーヤとヘチマとヒョウタンの苗を一本づつと、土やらプランターやらツルをグルグルさせる棒などを購入して持って行った。

親孝行をした、とホクホク顔のJUN-Pをよそに「食べれもせんもん買おてきてからに!ほんま※2」と、母はプンプン顔だ。困惑したJUN-Pは曖昧に「ほんまぁ※3」と答えてみる。「ほんで?全部でなんぼやったん?」財布を出しながら言う母に「ええよ、ほんま※4」と言うと、「ほんまぁ〜※5」と母は答え、話しは円満解決をした。

関西人は便利な機能を持っている。「ほんま(本当)」という単語を、イントネーションだけで活用出来る。しかも多様な感情をその一言に込めることが出来るのだ!この場合「本当=本物、事実」という本来の意味は薄くなる。関東風に言えば「そうなの?」とか「そんなんだ」に近しいのかもしれない。

※1は「先日一緒にTVで観た、緑のカーテンを作るのですね?わかりました。買って行きます」の略であり、以下は上記の略である。

※2「あなたは私の言う事をいつも素直には聞いてはくれないのですね」

※3「確かにそうかもしれませんが、皆ツル科の植物なのでカーテンとしての役目は果たすでしょう。その上、ヘチマは乾かして身体を洗えるし、ヒョウタンは徳利に出来ます。育てている間に段々と楽しくなってくるものなのですよ」

※4「お金はいりません。一緒にあのTVを見た時から、あなたに夏を快適かつ楽しく過ごしてもらえるように、私が買うつもりでしたから」

※5「あなたが買ってくれたのであれば、それは喜ばしい事です。二人で成長を見守りましょう」めでたし、めでたしである。

が、物語りはまだまだ続く。

母から毎朝メールが届くようになったのだ。

「おはよう!ゴーヤにセミが来た」

「ほんまぁ」

「起きてる?今日もゴーヤにセミ来たわ」
「ほんまぁ」

「もう会社行くの?ヘチマもヒョウタンも無視やで」
「ほんまぁ」

「ごはん食べた?セミはゴーヤが好きなんかなぁ」
「ほんまぁ」

「帰ってから、ちょっとネットで調べといて」
「ほんまぁ」と、エンドレスに続いている。

で、今日は成長した緑のカーテンを撮影してみた。

(こんがらがって、どれがゴーヤでヘチマなのか分からなくなっている↑最近はセミも来ないらしい)

ちなみに、私の甥が最初に覚えた言葉はママでもマンマでもなく「ホンマ」である。嘘のようだがほんまである。何を話しかけても「ホンマ」と答える甥を見て、母がつぶやいた「ほんまにこの子は、なんでこんなにホンマホンマゆうんやろなぁ?ほんま」。私は「ほんまぁ〜(そら、ゆうやろうなぁ)」と答えた。

大好きな風景

JUN-Pは阪急電車京都線、区間限定の「撮り鉄」だ。

沿線に住んでいるのにそうなのだ。

ぜんぜん上手に撮れないけれどそうなのだ。

きっかけは、JUN-Pんち沿線の高架開発が決定的になった4年程前、大好きな風景を残しておきたいと切実に思った時から。

初めて高架計画を聞いたのは20年程前だけど、その頃は何とも思わなかった。

なんやかんやで計画は延び延びになったらしいし、JUN-Pもまだ若く、家族も健康だったし「想い出」というものに対して執着が薄かったからだろう。

ところが、JUN-Pも年をくい、弟は家庭を持ち、父は亡くなって、母も70歳を過ぎたとなると、どうにも家族で過ごした想い出に強いこだわりを持つようになってしまった。

阪急京都線沿いにある柴島浄水場の桜並木はJUN-Pんちの近所で、普通に家族の生活にとけ込んでいる場所だ。いつの頃からか本格的な通り抜けになって、遠方からも花見客がくるようになったが、一昔前は近くの人だけが知る自然の桜並木だった。樹齢を経たりっぱな桜が鬱蒼と立ち並び、季節に呼応する。。通過する電車も桜に見とれるのだろうか?車体のマルーン色が残像をひき、えも言われぬひとつの風景になっている。

母が押す弟の乳母車の前に立ち乗りをして市場に通った道。会社へ行く父の電車を見送っていた踏み切り。弟の幼稚園の運動会を見ようと、小学校から必死で走った午後。朝夕、犬の散歩をして。学校に通って。病院からの帰り道、告知を受けた父が「泣きなや」と言った背中。ひとつひとつの想い出が、ガタンゴトンという音と感情をはらんでこの風景の中にある。

昔は小川が流れていて、糸トンボやシジミ蝶がいて、亀や蛙もいた。なのにいつのまにか、水がなくなって、車がぶんぶん通るようになって、踏み切りが渋滞するからって、高架にするってなった。そして高架にするからって桜を切るのだ。

JUN-Pは、消えてしまうとわかった風景をあわてて写真に撮っている。もっと前から、もっといっぱい撮っておけばよかった。大好きな風景、今年がきっと最後の桜だっただろう。

予告された別れでさえ、こんなにも寂しく辛いのに。。。

被害にあわれた皆様へ

東北地方太平洋沖地震の被害にあわれた多くの方々に、心からお悔やみ、お見舞い申し上げます。

一日も早い復興と被害にあわれた皆様のご健康を心からお祈り申し上げます。

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

ありえたい(軽ガモの巻)

亀達

四天王寺の歴史は古い。

飛鳥時代初期、廐戸皇子(のちの聖徳太子)が崇仏派の蘇我馬子と共に排仏派の物部守屋と戦った折り、四天王に勝利の祈願をしたことに始まっている。

廐戸皇子は蘇我側に不利だった戦況を打開すべく、仏の加護を得んとして、自ら白膠木に彫った四天王を奉じ「勝利のあかつきには必ず四天王の寺塔を建ててお祀りする」と先陣に立った。結果、蘇我氏は勝利をおさめ、廐戸皇子は約束通り四天王寺を建立した。

今日の四天王寺は聖徳太子ゆかりの寺として、又、弘法大師ゆかりの寺として、その他様々な縁起をふくむ寺として存在している。

JUN-Pはここ二十数年来、春秋のお彼岸には必ず四天王寺の彼岸会にお参りをしている。初めて来たのは父と。多分JUN-Pが大人になってから。ほんとにいつからなのか記憶はないが、帰り道に二人でちょいと呑んで帰っていたような覚えがあるので、やはり二十歳は過ぎていたことにしておいてほしい。。

お参りの手順は、法名を書いたお経木に読経していただき、境内にある亀井堂の亀井水にお経木をお流しする。お経木が水に浮くと極楽往生がかなったということらしいが、JUN-Pは、ここにお経木を流すとご先祖様に想いが伝わるような気がして、なんだか通信スポットみたいで気に入っている。

さて、この通信スポット。

亀井堂の亀井水が沸き出る亀形水盤からなる。その名の通り水盤は亀形だ。畏れ多くも直接写真に取る勇気がないので、写真に取ってあるものを写真に取ってみた。(見にくかったら申し訳ありません)

古来より、亀は神聖である。と大切にされていたので、神社仏閣などには亀をモチーフにした物がたくさんある。のはわかる。が、ここ四天王寺には生きた亀もいっぱい居る。以前は蓮池と呼ばれていたのがその集落なのだが、いつのまにやら亀が増え、亀の池と名が変わったらしい。なるほど、蓮など影も形も消え失せている。。

四天王寺のこの時期は、いつもじぃちゃんばぁちゃん達でごったがえしているが、今回は少々フライング気味に来てみたので、めちゃ空いていた。だから普段なら敢えて目を逸らせていた亀うじゃうじゃの池を観察してみたりすることにしたのだ。なぜ目を逸らせていたかというと、あまりにもうじゃうじゃしすぎていて酔いそうだし、まわりに鳩がいっぱい居たから。JUN-Pは鳩とすれ違う時は息を止めるくらいに鳩が嫌いだから。
けど、今回は人が少ないので餌も少なく、よって鳩も少なかった。良かった。

親亀の背中に子亀を乗せて子亀の背中に孫亀を乗せて、という唄は本当だった。池の小島には甲羅干しの亀達が山盛りである。いったい何亀達なんだろう?スッポンらしき子も居るし、ほっぺが赤い子もいるので、、、一括りに普通の亀達ということにしておこう。
秋の晴天、普通の亀達はごく普通に甲羅干しやら遊泳を楽しんでいる。

遊泳?、、、やんな。ううん、なんか変。溺れてるんちゃうん?まさか〜、亀やのに?

って、そう思わせるほどに、初めてまじまじと見た普通の亀達の泳ぎ方は普通ではなかった。

これって犬掻きよりむちゃくちゃちゃうん?手足、左右前後、全部バラバラに動かしてるで!

JUN-Pは驚いた。だって、JUN-Pの知っている亀は、海を悠々と遊泳する亀は、前足の翼をぶわっっと拡げて、それはそれは優雅に、そう、たしか、左右同時に羽ばたくバタフライ泳法ではなかったろうか?少なくとも直進時はそうだったはずだ。けど、この池の亀達は直進するにも、ただ、あがあがと水を掻いているだけで、その動き方には何の法則も当てはまらないのである。

え〜っ!普通の亀って、そんなに泳ぎ下手やったん?進むん?それで?

、、一応、、進んでるけどなぁ。。かなりしんどそう。

しんどそう、と言えば、産卵で陸に上がってくる海亀の映像などを見ると、がんばれ!がんばれ!って言いたくなるほど歩くのに一生懸命だ。

海亀は陸を歩くのが苦手で、普通の亀は泳ぐのが苦手だということか。四天王寺の歴史より、さらに古い亀の歴史の中で、彼等の生き方は異なってしまった。。

JUN-Pには、ふとある海辺の場面が浮かぶ。

よせては返す波の際、そこは進化の境目でもある。

「わしらはこれからめっちゃ泳ぐから」と海亀がヒレを振り、「ぼくらはまだまだ歩いたりするから」と普通の亀達は足踏みをして見せる。「まぁ、お互い水と陸では不便が生じるかもしれへんけどなぁ」と苦笑して「これも将来的に亀種を残すためや、ええ進化にしよ。ほなまた会おなぁ」と別れてゆくのだ。なんだか本当めいている。

けど、本当のところはどうなんだろう?もしかしたらJUN-Pが水中での海亀の優雅な姿に惑わされて錯覚しているだけで、基本的には普通の亀と同じ動き方なのかもしれない。だって同じ亀なのだから。。

しばらく海に潜っていないJUN-Pにはわからなくなってしまった。

水恋・六、二

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