南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

チューク諸島の海から

今、チューク諸島は果物のマンゴーの花が満開だ。クリスマス時期には実をつける花だが、この時期、これほどに花を咲かせるのは珍しい。もともとマンゴーは、3〜6月の最盛期のほかに、12〜1月にも少しだが実をつける。ところが今年のマンゴーときたら最盛期をはるかに凌ぐ勢いで満艦飾の花をつけている。ボートで沖合いから島々を見ていてもすぐそれとわかる程だ。まさに狂い咲きと言っていい現象だ。『今年のクリスマスと正月はおいしいマンゴーが沢山食べれそう』と、うちの奥さんは、今から実をつけるのを楽しみにしている。

チューク諸島の気候は、熱帯海洋性気候に属しており、年間を通して高気圧帯におおわれた比較的安定した気候となっている。同じミクロネシアでも、モンスーン気候の影響下にあるグアム・サイパンなどのマリアナ諸島とは、幾分異なった気候である。気温はいつも変わらず高温で、日本のように温度差からは季節を感じることはできない。日本人が、1年間をこの島で生活しても、きっと、毎月・毎月が同じ様に感じられることだろう。しかし、長年こちらに住んでいると、一見、気候変化の感じられないこの熱帯地方でも、様々な変化があるのがわかってくる。

その1つが『風』である。赤道を挟んで南北に恒久的に吹く風がある。貿易風(トレード・ウィン)と呼ばれるもので、その名の通り、かつて太平洋域に伝播・移住していった原住民達を運んだ風である。南側に吹いているのが、『南東貿易風』、そして北側、すなわちミクロネシア地方に吹いているのが『北東貿易風』だ。チューク地方は、1年中この北東の貿易風下にある。従って、天気は東側から変化してくる。偏西風下にあり、西側から天気が変わる日本とは逆である。

この貿易風は年間を通じて風向きは一緒なのだが、時期により強くなったり弱くなったりする。すなわち、6月から10月にかけては、貿易風は穏やかになり、海も静かになる。そして、同じ貿易風が、12月から3月頃にかけて吹き荒れ、海も荒れてくる。また、この時期は、低気圧の影響を受け易く、西風の吹き荒れる時期でもある。4、5月と11月はその変化の分かれ目にあたり、天気は一定ではない。

貿易風が穏やかになるこの頃は、陸上ではパンの実をはじめ、様々な有用植物、果物が収穫される。海は静かになり、魚介類が容易に獲れる時期となる。パンの実の豊かなこの時期に、パンの実を地中に蓄え、無人島に長期間滞在して、魚やタコ、貝などの保存食を作る。そうして、貿易風の吹き荒れる12月〜3月に備えるのだ。天候が安定し、食糧豊富なこの時期を、神が与えてくれた季節と島人達は言う。

同じ貿易風が吹き荒れる12月〜3月、島人達の食生活はパンの実の保存食やタロイモを中心としたものになる。今、港のローカル市場を覗くと、パンの実の保存食(古パンモチ)やタロイモが所狭しと並んでいる。もちろん海産物も獲れるが、静かな時期ほど簡単ではないし、豊富でもない。貿易風に加え、西風や北風が吹き荒れて漁にならない日が多いからだ。それでも少しだが、パンの実やマンゴーも実をつける。12月〜1月の短い期間だ。この時期に成るパンの実やマンゴーはとても重宝される。クリスマスのご馳走をフレッシュなパンの実で作れるからだ。

こうして見てくると、チュークの季節は、貿易風の荒れる時期と、貿易風の穏やかになる時期に大別される。これはまた、パンの実の成らない時期と、パンの実の成る時期にも一致する。それは、パンの木やマンゴーの木が貿易風の影響をとても受け易い植物だからだ。四季の無いチューク諸島にあって、貿易風は唯一の『季節を告げる風』と言える。貿易風が自然に変化を与え、植物に季節を告げる。社会生活や食生活にもわずかではあるが、変化を与え、島人達の心の中に季節の移ろいを教えている。こうして貿易風はチュークの自然を育て、海の民の文化を育んできた。

ところが、近年、この季節を告げる風にも異変が起きつつある。6月を過ぎ、7月、8月になっても貿易風は吹き荒れ、吹くはずの無い西風がいつまでも吹き続ける。静かなはずの夏場に、来る事も無かった台風が次から次へと襲ってくる。本来の貿易風をめぐる季節の通念が崩れ始めている。

冒頭で述べた、マンゴー狂い咲きの現象もこの異常現象と無関係とは思われない。本来、マンゴーは、1月〜2月の風の強い時期に花を咲かせ、4、5、6月にたくさんの実をつける。7月と8月、異常に吹き荒れた今年、今、花満開のマンゴーは季節を読み違えたのかもしれない。異常気象が取りだたされている昨今、未来永劫と思われた貿易風にも異常が起こり始めたのだろうか。もう、貿易風はまともには吹かなくなってしまうのだろうか。

古来より日本民族の危機を救ってくれた神風。チュークの人達を守り、育んで来てくれた貿易風は、まさに彼らにとっての『神風』である。南の島に季節を送り、島人達に生きる糧を贈ってくれる神風だ。

神風が吹くはずの無い南の島で・・・季節のあろうはずのない南の島で・・・再び神風が吹き、再び季節が巡ってくることを心から願っている。

貿易風に包まれて
チューク諸島

末永卓幸


末永
末永 卓幸

1949年1月生まれ
長崎県対馬出身

立正大学地理学科卒業後、日本観光専門学校に入学・卒業。在学中は地理教材の収集と趣味を兼ねて日本各地を旅する。1973年、友人と4人でチューク諸島を1ヶ月間旅行する。1978年チューク諸島の自然に魅せられ移住。現地旅行会社を設立。現在に至る。観光、ダイビング、フィッシング、各種取材コーディネート、等。チュークに関しては何でもお任せ!現地法人:『トラックオーシャンサービス』のオーナー。

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