南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

チューク諸島の海から

チューク諸島に住む人々の食生活は、一部の人達を除いて基本的にはまだまだ自給自足的な生活に依存している。

山や畑からは、パンの実をはじめ、タロイモ、ヤムイモ、タピオカ、サツマイモ、などのイモ類、食糧バナナ、そして色んな果物など、様々な作物を収穫している。海からは、いつでも豊富な魚介類が獲れるし、海亀も貴重な蛋白源だ。にわとり、ブタなどの家畜はどの家庭でも普通に飼育している。しかも、犬までもが彼らの大事な食糧の一つになっている。ペット・番犬・出産を経て、あとは人間様の食料として一生を終えるのだ。

モエン島の市場には、仕事柄、現地食を作れない人達のために、沢山のローカルフードや作物が山になって売られている。チュークの島々を近くから眺めると、ヤシの木、パンの木、マンゴウの木が全山を覆っているのがわかる。その合間にはバナナや果物、タロイモやタピオカなどのイモ類などが栽培されている。チュークの島々は正に“全山食糧の山”と言っても過言ではない。そんな中で、とりわけ重要な食べ物・豊富な食べ物は『パンの実』である。

このパンの実(パンの木)は赤道を中心とした太平洋の島々に広く分布しており、古くからこれらの地域の人達の大事な食糧となってきた。中でもチューク諸島は、現在も尚、最もパンの実に依存した食生活を送っている地域の一つと言えそうだ。かつてのイギリスが、自国の植民地用の食糧にと、タヒチから大量のパンの木の苗木を運ぼうとして、船員の謀反に会い『バウンティー号の叛乱』の元となった、あの重要植物である。

チューク地方では通常、パンの実は4月〜8月が最盛期で、12月〜1月に収穫されるものもある。実の大きさは人間の頭程で、葉っぱと同じ緑色をしている。実の形は様々で、長い楕円形のものから真ん丸いものまで色々である。実の形状が丸い物ほどおいしくて、上物とされる。パンの実は、木の実だが、生で食べる事はできない。イモ類同様、蒸したり、焼いたりして食べる。味はイモを淡白にした味と思えばいいだろう。

では、パンの実はどのようにして収穫され、どのようにして料理され、どのようにして食されるのか。チューク諸島を例にとって紹介して行こう。

もっとも簡単なパンの実の料理方法は、そのまま火(焚き火)の中に入れて丸焼きにする方法だ。焚き火の中で、回りが黒焦げになり、中はきれいに焼き上がる。ヘラを使って焦げた皮を剥くと、ホクホクの白い実が現れる。上物の丸パンの実を丸焼きにしたものはとてもおいしい。これを道具を使って餅につき上げたものは大事なお客様やかわいい子供、病人やお年寄りに与えられる。

もう一つの方法は、これも簡略化した料理方法なのだが、パンの実を半分に切って、皮も芯もそのままに鍋や釜で茹でて食べる。イモをゆでて食べると思っていただければよい。

そして彼らがパンの実を食べる最も重要な、もっともポピュラーな方法がある。それは、蒸したパンの実を餅について、保存食を作ることである。これには大変な労力と時間が必要とされる。

その為に、通常彼らは、翌週一週間分のパン餅を作る。金曜日か土曜日が、食糧日と称してそれに充てられる。日曜日は宗教上の安息日と称してまず働かない。しかも何家族分も、共同でまとめて作るからその量たるや大変なもので、一家総出で、朝から晩まで一日中かけて行われる。

まず、男達は朝早くから近くの山や家の周りのパンの木に登ってパンの実を落とす。大量に落とす。パンの木はとても大きな木で相当に高くなる。しかもパンの実は枝の先端に成るので、特殊な長い棒を使って、食べ頃の実から順番に落としていく。男達がパンの実を取っている間、平行して色んな作業が行われている。

女達や他の男達による薪集め・・・、五右衛門風呂のような大釜で何時間もかけて茹でるので、大量の薪が必要となる。

女・子供たちによるココナツミルク作り・・・、落ちたヤシの実を割って中の果肉を削り、絞って、火にかけて、大量のココナツミルクを用意する。

女・子供達によるパンの木の葉っぱ集め・・・、これは、つき上がったパン餅をパンの木の葉っぱに包んで保存するための物だ。これも大量に必要となる。しかも形の良いきれいな、大きな葉っぱが必要となる。

このような準備が出来上がった頃、男達が、ヤシの葉っぱで編んだバスケットに沢山のパンの実を入れて次々と運び込んで来る。手の空いた女達はパンの実の皮を剥き、芯を取って、八つ割りにしていく。大釜の内側に草やバナナの葉っぱを敷き並べ、その上から八つ割りにしたパンの実を大釜の中に並べてゆく。パンの実が釜の底や周りで焦げ付かない工夫だ。釜一杯になると再び葉っぱで蓋をして、釜を火をかける。釜の水の量は全体の3分の1位で煮ると言うより蒸す状態となる。何時間もかけてパンの実を蒸す。

パンの実が煮えるまでに、パン餅をつく準備にとりかかる。臼と杵をきれいに洗い、パン餅つきをする場所にセットする。葉っぱを一面に敷き詰め、臼を楔で固定する。チュークのパン餅つきの道具は1人用の道具だ。その道具を何セットも用意する。大量のパンの実を早くつき上げるためだ。臼はパンの木の一枚板で作ったもので、杵はサンゴの硬い石で作ってある。一人で平べったい臼の前に座り込み、サンゴの杵を頭上高くふりかざし、ひたすらつき続ける。大変な体力と根気のいる作業だ。金曜、土曜の夕刻になると、パン餅をつくパンパンという音が、村のあちこちにこだまする。如何にいい音を立てるか、腕の見せ所でもある。

女達が熱々の煮えたパンの実を次々と男達の臼の上に置いてゆく。男達はやけどをしそうなくらい熱いパンの実を素手とサンゴの杵でこねたり、ついたりして餅につきあげてゆく。つき上がってもまだやけどをしそうなくらい熱い。手水は用意されているが、あまり頻繁に手水をつけて餅をつくとパン餅の味は落ちるし、水分が多いとすぐ腐ってしまう。第一、そんなつき方をしているとみんなに馬鹿にされてしまう。過酷な作業だ。我々現代人にはとても出来る作業ではない。

つき上がったパン餅はあらかじめ用意されているパンの木の葉っぱに器用に包まれていく。こうして、彼らの主食のパン餅が完成する。パンの木の葉っぱに包まれた、つきたてのパン餅は親類達に配られる。何もかもが共同作業だ。彼らの助け合いの精神が見事に結集した作業といえる。こうして作られたパン餅は、向こう1週間、彼らの主食として食べられる。

このようにして食べるパンの実はいずれもフレッシュなパンの実を使って作る食糧である。ところが、パンの実の食べ方(料理方法)には、もう一つの独特の方法がある。それは、古パン餅と呼ばれるものだ。

パンの実は木の実ゆえ、季節によって収穫が制限される。そこで、彼らは、いつでもパンの実を食べられるよう地中に埋めて保存する方法を学んだ。パンの実の醗酵食品だ。パンの実の最盛期になると、家の近くに大きな穴を掘り、そこにバナナや草を沢山敷き詰める。あらかじめ用意しておいた大量のパンの実を、皮を剥き、芯をとって、小さく切り刻みながら、穴の中に入れてゆく。こちらも一日仕事だ。老若男女、一家・親類総出で、この作業を行う。このようなパンの実保存用の穴を幾つも幾つも作ってゆく。そうして、パンの実の成らなくなった頃、この保存したパンの実を取り出して料理する。穴から取り出したパンの実はすでに醗酵していて猛烈な匂いがする。それを大きな容器に水に溶いて入れ、ゴミや虫などを取り除いていく。この作業を何度も何度も繰り返し、きれいな状態にする。それでも匂いは強烈だ。天ぷらの衣位の硬さに溶いたものを、同じくパンの木の葉っぱに包んでいく。これを、大きな釜で蒸したり、あるいは石焼きにして、ちまきのような食べ物に仕上げる。これが古パン餅と呼ばれるもので、通常のパン餅と並び、古くから今日までチューク諸島の人達の最も重要な食糧となっている。こうして、彼らは、常時パンの実を主食とし、パンの実中心の食文化を築き上げてきた。それは日本人のお米に相当する物だとも言えるだろう。

パンの木はまたそれ自体が、チュークの人達にとっては無くてはならない貴重なもでもある。チュークの伝統的な外洋帆走用の大型カヌーや、くり貫きのアウトリガーカヌーの建材として、あるいは、チューク人のあらゆる食糧を作るのに欠かせない木臼の材料として、そして、チューク人の古くからの精神文化である木彫りのマスク(デビルマスク)の材料として、チュークの伝統的な建築の建材として・・・。パンの木は、パンの実を与える事以外にもチュークの人達の文化を今日に至るまで陰から支えてきた。

そして、彼らはその自然の恵みを今尚、余すところ無く享受している。

パンの木の茂る島・緑の島
チューク諸島

末永卓幸


末永
末永 卓幸

1949年1月生まれ
長崎県対馬出身

立正大学地理学科卒業後、日本観光専門学校に入学・卒業。在学中は地理教材の収集と趣味を兼ねて日本各地を旅する。1973年、友人と4人でチューク諸島を1ヶ月間旅行する。1978年チューク諸島の自然に魅せられ移住。現地旅行会社を設立。現在に至る。観光、ダイビング、フィッシング、各種取材コーディネート、等。チュークに関しては何でもお任せ!現地法人:『トラックオーシャンサービス』のオーナー。

ミクロネシア・チューク諸島

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