沖縄周遊見聞録 豪海倶楽部  

番外編その1 『セブの田舎でサンミゲル』

ビジネスファーストのゆったりとしたシートから離れセブ国際空港に降り立つと、既にそこには迎えのリムジンが止まっていた。スーツ姿の正装した運転手がサッと現れ手早く手荷物を受け取って誘導してくれる。その動きには微塵の無駄もない。僕の横には美しい女性が燐と立っている。彼女が今回のパートナー。深めにかぶったキャップが人目をはばかる2人の関係を意味深に語っている。これから2週間、セブのリゾートで彼女とゆっくりと羽を伸ばす為にやってきた。

なんて事があるわけが無い。

エコノミーの普通のシートをサッサと離れ、セブ国際空港に降り立つとそこには誰もいない。ここから送ってくれる現地担当者を自らの手で探さないとならなかった。やっと見つけた係員は気の良いヤツだったがモタモタしていて鈍くさい。おまけに荷物も持ってくれない。僕の横には男友達が寝ぼけた顔で立っている。彼が今回の同行者。人目をはばかる必要もないので別に帽子もかぶっていない。これから1週間、セブでダイビング合宿をヤロー2人でガンガンやる為にやってきた。

以前からその友人とはどこか潜りに行こう、という話はしていたが特に何も考えていなかった。考えていなかったから、ふと「モアルボアル」という名前が口から出てしまった。そして僕らの合宿先は決まったのである。あまり聞いた事のないこの場所を知ったのは2年前。DW誌で今回お邪魔したTIKITIKI DIVERSが特集されていた。取材をしていたのが仲の良いカメラマンの越智さんだったので特に印象に残っていた。

モアルボアルまで空港から車で2時間半。行く先はセブ島の田舎、モアルボアル。そんな所まで行く人はあまり居ないのか車に乗っているお客さんは僕らだけだった。これはしめたものだ、と現地のビール“サンミゲル”と“つまみ”をしこたま買い込み2時間半の道のりも快適にグビグビとオイシカッタ。ホテルに到着したと同時くらいにTIKITIKIのオーナーガイドの勝君が尋ねて来てくれた。開口一発「秋野さんって、あの秋野さんですか?」と聞かれる。「どの秋野さんですか?」とビールの勢いで突っ込み返したくなる気持ちを理性で抑えて「へ? 確かに秋野ですが、何で知っているんですか?」と逆に聞いてみた。どうやら彼の昔の同僚が現在ウチのスタッフで、そのネットワークから情報が先に着ていたらしい。「宜しくお願いします」なんて挨拶した。顔バレした途端いい人になろうとする小心者加減が僕の良いところだ。到着した時間がすでに23時過ぎていたので簡単に自己紹介と明日のブリーフィングを聞いて休むことにする。しかし夜も遅いのにワザワザ尋ねて来てくれたことに驚いた。後で聞いた話だと、全てのお客さんにしているらしい。右も左も分らない場所に到着した時に、このサービスは心強い。

翌日から早速合宿の本領を発揮する。初日のポイントはサンバギータ、カサイリーフ、ホワイトハウスの3本。ドロップオフをゆっくり流しながら魚を探していく。ソフトコーラルがとても綺麗なのが印象的だ。青と黒のムラ柄のスズメダイ、スプリンガーダムゼルSpringer’s damsel(Chrysiptera springeri)やら、ナマズみたいで体側中央に銀線の入ったコンビクトブレニーConvict Blenny(Pholidichthys leucotaenia)やら、とにかく見たことない魚ばかりで面白い。思わず鼻息がブーブー上がってエアーが早くなりそう。個人的に大好物なローランドデモイゼルRolland’s Demoiselle(Crysiptera rollandi)の幼魚が山ほどいて目移りする。

2日目のペスカトール島への遠征は癒されてしまった。この歳になって大の大人が2人揃って癒されてしまうなんてちょっとハズカシイやらウレシイやらである。どこに潜ってもモアルボアルはサンゴがきれいだ。話に聞くと古くからヨーロピアンが多く、フィリピンでは一般的なダイナマイト漁を禁止していたからだそうだ。素晴らしいことだと思った。僕が特に気に入ったのは2本目。ペスカトール島の東側を南から北にかけてドリフトで流す。10m以浅のサンゴがワラワラと、そしてパキパキにキレイでYellow Strip Anthias(Pseudanthias tuka)や、Red Cheek Anthias(Pseudanthias huchti)がとにかく沢山いる。沢山よりも“ぐっちゃり”という表現のほうが合うかもしれない。ワイド好きな自分としてはウハウハな光景が広がっていた。でも今回はあちこち飛び回っている最中、途中の日本から出発だったのでカメラ機材を持っていなかった。だから当然ワイドレンズも持っていない。13mmが無いとウハウハな景色も腹の底からウハウハできない。素晴らしい風景でウレシイのだが、なんだかビミョーな気持ち。だからマクロに走るのである。実はマクロも相方のカメラを勝手に拝借して撮っていた。3本目のビサヤリーフではカクレクマノミがいたので思わずレンズを向けてします。パラオにはいないから余計に熱くなる。でも何気にクマノミってレンズ向けてしまう。僕だけじゃないハズ、こういう人は多いはずだ。

その夜はセブ島のいろんなショップについて話をした。サンミゲルのボトルが何本か空になってきた頃から話が白熱して面白くなる。シラフだったらなかなか聞けないような話をしてくれた。セブ島で第2世代となる勝君は思うように出来なかった時代があったそうだ。彼の立場を考慮するとここには詳しく書けないが、自由競争を妨げようとするメンバーがいるらしい。どこにでもそういうのってあるのだなーと変に納得する。勝君は驚くべき下積み生活時代を送っていたそうで、5年で10万円ほどしかお給料をもらわなかったそうだ。って、おい、それで生きていけるのか?奥さんのゴンちゃんなんて2年間給料なしだったって。「あんまり他を知らなかったものですから・・・」とケラケラ笑いながら面白おかしく話せる彼らの気質に好感度がアップする。自分達が面白いと思うこと、楽しいと感じてもらえることを提供していきたいと語る勝君。これから彼のような第2世代が突出してくるとセブのダイビングシーンはもっと熱くなるだろう。独立するときにスッタモンダあった人たちには負けたくないという強い意志が見える。是非頑張ってほしいものだ。

モアルボアルは隠れ家的な落ち着きがあって、マクタン島のような喧騒も、都市部にあるようなひどい貧困もなく、人々はそれなりに暮らしている。夜も健全で村全体が明るい雰囲気。田舎好きな僕としてはこの場所がとても気に入った。ビールも程よく効いてきた頃、勝君が「玉突き行きましょう」と誘ってくれる。友人と勝君でゲームが始まる。ブレイクしたときの気持ちのよい「カーーン」という音がして、続けざまに「ゴトゴトッ」と玉がポケットに入る。この玉突きの音が何気に酔った頭を睡魔の方へ引き寄せる。そこのプールバーはオープンエアだったから、時たま吹き抜ける夜風がまた心地良い。「カーーン」、「カーーン」という小気味の良い音を聞きながら、僕はいつの間にかサンミゲルのビンを持ったまま寝てしまった。


秋野
秋野 大

1970年10月22日生まれ
伊豆大島出身

地元の海でガイドデビュー、その後もっと熱くガイドができる海で仕事がしたい、とパラオへ。移住後、まずは魚を知るべし、と一年以上図鑑を枕にしながら毎晩眠る。自称カメラマニアで写真は好きらしいが、デジタルには全く歯が立たない。

ミクロネシア・パラオ

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