潜るコピーライターのアンダーウオーターズポエム 豪海倶楽部  

渚ガエル

タッピョン。タッピョン。小さなカエルが走ってきました。
「やぁ、おじぃ。やっぱりここに居たんだね」
若々しい朝の光がキラキラとする渚です。一生懸命に走ってきたので、孫ガエルの“シラ吉”の小さな心臓はドッキラコ・ドッキラコと大きな音を出しています。まるで小さな身体から鼓動があふれんばかりです。カエルのおじぃは、目を細めながら、独特のしわがれ声で「まぶしいのぉ・・」とつぶやきました。シラ吉は、おじぃの声が好きです。耳よりもまず心に聴こえてくるような優しさを感じるからです。シラ吉は、その響きをかみしめた後で「うん、本当に!朝陽は海から一日分のキラメキをぜんぶ持って上がってくるね」と、ニッコリこたえました。「ほっほっほ。そうじゃの。そうじゃの。まぶしい、まぶしい。おや?ところで今日は学校はどうしたのかの?」と、おじぃはシラ吉の頭を愛おしそうになでながら聞きました。

「うん・・。このごろね、雨が降らないでしょう?だから身体が乾いて元気のでない子が多くて、それで、しばらくお休みになったんだ・・・。雨、ふらないのかなぁ?」。島のはしっこの“すれすれヶ浜”は、もともと水が少ない土地柄なのですが、今年はひどい干ばつになりそうなのです。シラ吉は不安そうに砂を蹴りながら「ここにはこんなに水があるのにね・・」と、波に近づいて行きました。

「あ、あぶない!波に触れてはいかんぞ!潮水は陸カエルにとっては強いんじゃ。皮膚がチョリチョリになってしまうぞ!気をつけなさい。」おじぃは、さっと注意をしました。「ご、ごめんなさい。あまりに素敵な水色だから、つい・・。」シラ吉は足をとめてそう言い、それからもじもじと「あのね?ひとつきいてもいい?」と。きりだしました。「おじぃは、いつもずっと渚すれすれに座っているから、波がかかるはずだよね?皮膚は平気なの?心配になるときがあるよ。僕。」そう目をうるませるシラ吉に、おじぃは、「そうか。心配させていたのかい?ごめんよ。シラ吉はやさしい子じゃのぉ。けれどのぉ、そうじゃのぉ、わしものぉ、海には入れないんじゃよ。」&「・・・もぅ。」と小さくつけ加えました。

「もう・・。って、どういうこと?前には入れたみたいだね?なぁぜ?ねぇ?おじぃはいつも無口だけれど、それとは別に僕は昔の話しも聞いたことがないと思うの。それがなにか、なぜだかとても秘密めいてるような気がするんだ。出来れば教えてほしいの。僕はもう学校に通っているし、ちっちゃな赤ちゃんじゃないよ。大好きなおじぃの事を知らないのは不安でもあるし・・・」最後のほうは声にならないものでしたが、おじぃには聞こえたようです。

潮がそーろそーろと引きはじめました。
「・・・・・そうかい。わかったよ。シラ吉」
じっと考え込んでいたおじぃは、ぎゅっと結んだシラ吉の表情を見て、意を決したように続けました。
「渚を・・・。渚を見てごらん。ここはのぉ、海と陸とのな、境目なんじゃよ。」と、ぽつぽつと、ひとつずつ、思い出すように続けました。

「海と陸とは別の世界なんじゃ。けれども同じように生き物がたくさん居る。学校もあるし、公園もある。おしゃべりもすれば、ゴッコもあるし、唄もライヴもあるんじゃよ。シラ吉はびっくりするかのぉ?それともなんとなく気付いていたのかの?う、、む。かくすつもりはなかったんじゃが、ワシのぉ、ワシは、海で暮らすカエル、“海ガエル”だったんじゃよ。海ガエルを知っているかの?コロルル・コロール、コロルル・コロールと、そうじゃなぁ陸で例えれば、まるで水を満たした透明な器に、ビィ玉をころがして涼をとるような・・、そんな澄んだ声で唄うんじゃよ。想像してごらん?その厚手の器の内側には、なだらかな山谷があって、マーブルだの、スモークだの、それからシラ吉が宝物にしているミルキーダンだのも、公園で遊ぶように弾んだ声で笑う。声はシラ吉の心臓の音のように、それから朝陽のように、輝きを唄にして外にあふれ出させるんじゃ。

ワシは、声が自慢の唄うたいじゃった。
海のみんながワシの友達で、朝な夕なに集まってきてはライヴをしたものじゃ。貝のカスタネットにリズムを合わせ、エイはメロディアスに旋律を弾く。イルカのベースはのりのりビート、迫力満点の鯨のドラム。クラゲのエレキにしびれる余韻。中でもワシの一番の友達は、ヒトデドンじゃった。5本の足で交互にステップを踏んで、ジャンプにターン!それはそれは、みごとなダンスをしたんじゃよ。ヒトデドンはいつもワシと一緒にいて、よく世話をしてくれたんじゃ。友達なのに、世話をされるなんておかしいと思うじゃろ?そうなんじゃ、皆にチヤホヤされてスター気取りになっていたワシは、星によく似た姿をしているヒトデドンとスター同士で一緒にいるのが相応しいと考えていただけで、実は本当の友達というものを分かっていなかったんじゃ。一人でいるより、誰かが側に居さえすれば良かったんじゃよ。

(若き日のおじぃ↑キュートなピンク色です) 

そんなふうなある日。陸との行き来が出来る亀のおじさんが、ライヴを聴きに来たんじゃ。ワシは「海に美声のカエル在り!」と言わんばかりに、気負ってうたったよ。けれど、亀おじさんは一向にノッてこない、ヒトデドンも得意の屈伸ダンスをして必死に盛り上げてくれたれけど、ダメじゃった・・・。ワシは自分の気負った態度を棚に上げ、声に反応しない亀おじさんに腹を立てて食ってかかったんじゃ。亀にリズムにノレと言っても無理な話さ。所詮のろまなんだから!と、ずいぶん非道い事を言ったものさ。すると悲しそうな顔をした亀おじさんは言ったんじゃ『ノレなくてすまなかったね。この通りのろまなもので、ゆるしておくれ、、。でも君の声は良いね。それは本当だよ。陸の唄うたいと同じくらいにね』と。

その言葉は大層ショックじゃった。亀おじさんの優しい言葉が、逆に嫌味に聞こえたんじゃよ。『陸にもお前くらいの声の唄うたいはいるぞ』と、いう風にの。それほどまでにワシは自分の声に酔い、大切な心を見失っていた。ワシは、自分の声が一番だと、有名になってそれを証明するんだと、その為だけに陸へ上がる野望を持った。ライヴの友達は、口々に応援してくれたよ。行けよ!行けよ!君が一番だよー!とね。ワシはすっかりその気になった。

なのに、唯一ヒトデドンは、猛反対をした。今、思い返せば反対するのが当たり前じゃ。行けよ!行けよ!と軽く応援する友達は、実はワシが失おうとしているものの事までは考えてくれてはいなかったんじゃ、それ以上に、人気とリードを取りたがるワシを厄介払いしたかったのかもしれない。自分の声を有名にしたい為だけに、親や友達を置いて、海を捨て、一人で陸世界に旅立つなんていけないと、良く考えれば分かる事だったんじゃが、有頂天になっていたワシには、ヒトデドンの忠告のほうが、嫉妬やひがみの感情にしか思えなかったんじゃ。ヒトデドン!君は唄えないから僕の声に嫉妬しているんだよ。君なんて踊る時以外はペッタンコの輝けない星じゃないか!僕の輝く夢を邪魔しないでくれたまえ!と、残酷な事を言ってしまった。ひどいじゃろ?ただの野望を夢とすりかえて正当化していたんじゃ。ヒトデドンは黙って去っていったよ。

ワシは、日を置かず、なるべく颯爽と陸に近づくために一番近い大潮の日を選んで旅立ちにしたんじゃ。けれど見送りには誰も来なかった・・。遠くから波にのっていつものライヴの音が聞こえてきた。そして皆が、ワシが居なくても充分に楽しんでいる事を知った。なんだかさびしくての、さびしくて、さびしくて。さびしすぎるので、さびしいと思ってしまう事自体が悔しいような思いになったんじゃが、陸で有名になって見返してやるんだ!と奮い立たせ、懸命に渚を目指したよ。そしてようやく目一杯に近づいて、陸に上がろうとした。陸は目前に見えたのじゃが、かなしいかな、飛べども、飛べども遠くて届かないんじゃ。何度も何度も波に引き戻された。正直くじけたよ。その時のみじめさと言えばなかった。どうすればいいんだ?有名になるとかっこよく旅立って、今更行けませんでした。と、おめおめと戻ってはライヴに顔も出せない。ならいっそこのまま誰も知る者の居ない違う海に行ってしまおうか?と思いあぐねていたんじゃ。

と、その時じゃ。『僕に手伝わせてくれないかい?』と、ヒトデドンの声が聞こえた。ワシは胸の壁が破れるかというくらい、キューンと痛くなって、思わず声を上げて泣きそうになったよ。けれど今まで親分風を吹かしていた手前、グィッと涙を拭いてふり向き、ふーん、来たのかい?君は反対してたんじゃなかったのかい?とスマシ顔で訊いた。するとヒトデドンは『うん、、、。僕としてはもちろん反対さ。けれどもカエルさんが決めた事でしょ。ならば成功を祈るのが僕の役目だよ。カエルさんの唄をもっと多くに聴いてほしいのだもの』そう言うと、『僕の背中に乗っておくれよ』と、言って得意の屈伸のポーズをとったんじゃ。え?!っと、ワシはびっくりした。まさか2倍以上の大きさのワシを乗せて屈伸をするつもりなのか?と。『そうだよ。僕の取り柄はそれくらいさ。せーの!で、僕が勢いをつけるから、カエルさんもそのタイミングでジャンプしておくれね?カウンタージャンプさ。そしたら陸まであっという間だよ』。

あ、ありがとう。ワシはとても感動をした。今思えば、どうして、カウンタージャンプの反動を受けるヒトデドンのダメージまでを、考え及ばなかったのかと後悔するが・・・、その時は感動と逸る気持ちがないまぜで、ただひとつの事を訊くのに精一杯じゃった。いままで君を利用してきた僕の為にそこまでしてくれるなんて、なぜだい?とね。ヒトデドンはにっこり笑って言ったよ。『カエルさんの唄は僕に元気をくれるよ。昔、ライヴを始める前のカエルさんの唄を僕が物影で聴いていた事があるだろ?誰に聴かせるともなく自然な心をうたった唄に、僕はなんだかワクワク元気が湧いてきて、知らず知らずのうちにステップを踏みながら君の前におどりでていた。覚えているかい?』

ワシは、とぼけて、そんなこともあったかな?と言ったよ。するとヒトデドンは『カエルさんはね、そんな僕を見つけて、「やぁ。君はずいぶん踊れるね?僕はこれからライヴを計画しているんだよ。海のみんなが楽しめるライブさ。よかったら君もダンスで参加しておくれよ。君の屈伸ダンスは最高だよ」と、誘ってくれたのさ』。なぜかワシはますますとぼけて、ふーん?と言った。けど、そんなことはおかまいなしにヒトデドンは続けたよ『僕は、いつもみんなに、ペタンコだとバカにされていた。そんな僕だけれど、カエルさんの唄で踊る時だけは、輝く星になれたんだ。ヒトデとしての自信が持てたんだ。だから僕はカエルさんの唄が好きなんだよ。だからカエルさんが好きなんだよ。またいつか、唄を聴かせておくれよね』。うん。わかった。わかったよ。ありがとう。ありがとう。約束だよ。きっとだよ・・・・・・・・。」

「シラ吉や、、ワシはそうして陸に上がった海ガエルなんじゃよ。」
「そうだったの、、おじぃ。いっぱい話してくれてありがとう」二匹はしばらく遠くの波を見ていましたが、シラ吉はもう一つの事を聞けずにいました。
「おぉ、すっかり潮が引いたのぉ」と、おじぃが重い腰をあげたので、シラ吉も干潟のほうをずいっっと見渡しました。
すると。キラン!お陽様の光を反射したのか輝く星がひとつ。
「あ・おじぃ!星が。星が落っこちてるよ!」
おじぃは、はっ!と、顔色を変え、ザンザンと近づいて行きました。そこには波からかなり離れた干潟からもなおニジニジと陸の方に歩み続ける星が。「ヒ、、、ヒトデドン???」忘れもしない青い星に、おじぃは声をかけました。
「や、やぁ。カエルさん。元気でした。。か?」と、弱々しい返事。
「ヒ、、、ヒトデドン?どうして?足は?足はどうした?立たないのかい?もしや、やはり、あの時の大屈伸が原因では?ワシはずっと気になっておったんです。ワシは、ワシは・・・」おじぃは、うるうるしています。
「は、は、は、そんな事は気になさらずに。それよりね。ようやくね。カエルさんの唄を聴きに来たんですよ。あぁ久しぶりにワクワクしますよ」と、力無く笑うヒトデドンの言葉に、おじぃの顔色はかき曇りました。「せっかく、せっかく不自由な足で、命がけで来てくれたのに。すまぬ。すまぬ。ワシにはもう、もう唄えないんじゃよ」。

???

「どうして?!」二匹の会話を聞いていたシラ吉は、さっきから喉まで出かかっていた言葉をついに口にしました。「おじぃ!どうして?どうしてうたわないの?僕も聴きたいよ!おじぃの唄を聴きたいよ!いままで、おじぃの唄、聴いたことないよ。僕。これからも聴けないの?僕。僕。」いつも優しく、どちらかと言えばおっとりとしたシラ吉に似合わない感情的な口調です。おじぃは長いこと黙ったまんまで喉をさすっていましたが、思いきったように言いました「わかるじゃろ?ワシの声はの、、つ、つぶれてしまったんじゃ。陸に上がってから毎日慣れない空気の中でがむしゃらにうたい。うたい。通用せぬのか?と叫び。叫び。あっという間に、このとおりのしわがれ声じゃ」

「声?声?おじぃの声。つぶれてるの?ううん。つぶれてなんかないよ。僕、おじぃの声、大好きだよ。おじぃの声だから大好きだよ。おじぃの言葉は優しいよ。だから声はつぶれてないよ」そう言って、泣きじゃくるシラ吉を見ていたヒトデドンが静かに言いました。「カエルさん。旅立ちの日に私があなたに言った言葉を覚えてくれていますか?」「ええ。ええ。もちろんですとも。私の事が好きだと。私の唄が好きだと。ヒトデドンは言ってくれました・・・」おじぃは嗚咽に言葉を詰まらせながらも答えました。「そうですよ。私はカエルさんが好きなのです。だからカエルさんの唄が好きなのです。だからそう言ったのです。カエルさん?唄とは声だけでうたうものなのですか?だったら私は、あなたの唄にこんなにも想いを寄せたりはできません。声だけの唄で、みんなに座布団のように踏みつけられていた私を輝かせることは出来ません。私はカエルさんの唄で元気に光れた。その本当の唄とは、本当の唄うたいとは、心で気持ちをうたうものではなかったのですか?」

「唄は声ではなく、心で・・・。」

「そうです。昔の海の仲間達は、いえ、カエルさん、あなた自身も、美しい声だけに気をとられて、あなたの唄が持つ本当の癒しの力に気付いていませんでした。あなたが心からうたうとき、波は揺りかごになり、海藻は繁り、海は元気になりました。私も元気をもらいました。カエルさんが去った後で、その事に気付いた者は多かったのですよ・・。」

「そうじゃったのか・・。ワシは、いままでなんという勘違いをしてきたのだろう?」おじぃの目からポロリと何かが落ちました。

「さぁ。今こそ、聴かせてください。声にこだわらない本当の唄を!いままでの悲しみや苦しみ。さみしさや後悔も。全部全部を慈しみに変えて!私はあの時伝えられなかった言葉を持って、そして、再びカエルさんの唄を聴くためにここまで来たのですよ」。そう言うと、ヒトデドンは静かに目を閉じました。

おじぃは、流れる涙をふこうともせず、うたいだしました。
ニーラ・ニーララ よせる白波
ニーラ・ニーラヤ かえす青波
あーあんはー あーあんはー
ニーララ・ニーラヤ かなし波
ニーラ・ニーララ
ニーラ・ニーラヤ・・・
とても懐かしいメロディです。空や海、砂浜や光がすべて揺れて混ざり合うような、、、。みたこともないのに、知っているような、そんな情景が浮かんでくるような唄です。シラ吉も、つられるように一緒にうたいだしました。
幾筋もの風が五線譜のように流れ、潮騒がさわさわとハープを奏でだすと、雷もゴロゴロと黙ってはいられないようすです。おじぃとシラ吉の頬を、優しくなでるように雨がふりだしました。いつのまにか潮も満ちてきていて、じっと固くなっていたヒトデドンの身体を、そろっと持ち上げました。ヒトデドンはふわっっと立ち上がり、ゆーらゆーら、楽しそうに踊っているようです。若い頃のように機敏なステップではありませんが、とても自由に身体をたゆとわせています。ゆれながら、波と共に去る青いキラ星。「さようなら。ヒトデドン・・・」おじぃの瞳が、そう言っているようです。

「ねぇ。おじぃ?おじぃは、渚は海と陸との境目だと。そう言ったけれども、もしかして、境目というのは、別々だと思える世界を繋げる出入り口ではないのかしら?おじぃとヒトデドンも離れているようで実は渚で繋がっている。僕には、そんなふうに思えるのだけれど・・・」

「そうか。そうか。シラ吉はやさしい子じゃのぉ。おぉ、雨がわんさか降ってきた。明日は元気に学校じゃの?」

おしまい。


仲
JUN-P(仲 純子)

大阪在住ファンダイバー
職業:コピーライターとか

1994年サイパンでOWのライセンスを取得。

宝物はログブック。頁を開くたび、虹のような光線がでるくらいにキラキラがつまっています。

海に潜って感じたこと、海で出会った人達からもらった想いを、自分のなりの色や言葉で表現して、みんなにも伝えたいなぁ。。。と思っていました。そんな時、友人の紹介で雄輔さんと出会い、豪海倶楽部に参加させていただくことになりました。縁というのは不思議な綾で、ウニャウニャとやっぱりどこかで繋がっているんだなぁ・・って感動しています。どの頁がたった一枚欠けても、今の私じゃないし、まだもっと見えてない糸もあるかもしれない。いままでは、ログブックの中にしまっていたこと・・少しずつだけど、みなさんと共有してゆきたいです。そして新しい頁を、一緒につくってゆけたら嬉しいです。