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チューク諸島の海から

チューク(トラック)環礁は世界に冠たるレックダイビングのメッカである。

洋上に浮かんだこの海のカルデラには多くの艦船や航空機が沈んでおり、世界中のダイバーを魅了してやまない。皆さんは、映画・タイタニックの事はまだ記憶に新しいと思う。タイタニックの海底の映像を覚えていらっしゃるだろうか。何を隠そう、その正体はチュークの海に鎮座し、世界でも有数と評される『富士川丸』・7000トンの姿である。あの名監督、アール・ギディンとその一行が1ヶ月をかけてチュークの沈船を撮り続けた映像の一コマなのだ。

戦後、北米航路で活躍し、横浜港・山下埠頭に安住の地を求め、多くの日本人に愛され親しまれながら、日本の発展を見続けてきた船舶がある。氷川丸・1万1000トンである。この氷川丸の姉妹船・平安丸も同じく北米航路の花形船として活躍した後、潜水艦母船としての役目を最期として、チューク環礁の海底に潜水艦と共に静かに眠っている。

今年は終戦から数えて60回目の夏を迎える。かつて、このトラック環礁は、旧・日本海軍第四艦隊の根拠地として繁栄し、後には連合艦隊司令部も置かれ、海軍の一大基地が築かれていた。多い時には100隻に近い艦船群が礁湖内に停泊していたのである。周囲200キロに及ぶトラック環礁は、それ自体が日本海軍の巨大な軍港でもあった。

そして1944年2月17、18の両日、トラック環礁はアメリカ軍による未曾有の大空襲を受ける事となる。数々の航空母艦から発進する爆撃機の数は、この2日間でなんと述べ1200機を数えた。太平洋に通じる水道にはアメリカ軍の潜水艦が待ち構え、環礁を脱出する艦船は次々と海の藻屑と化して行った。環礁内に沈められた艦船や航空機に至ってはその実数は不明のままである。

現在、環礁内で確認されている主な沈船は37隻を数える。軽巡洋艦、駆逐艦、駆船艇、潜水艦、貨客船、輸送船、タンカーなど大小様々である。すべてが日本海軍の艦船たちだ。大砲は今も水中をにらみ続け、ひとたび船倉に目を転ずれば、そこにはゼロ戦、戦車、トラック、機雷、等々。そして戦艦大和・武蔵が使用した巨大な砲弾の数々。ブリッジやマストを海面すれすれに沈んでいるものもあれば、行けども行けども姿を見せない深い海の底に横たわっているものもある。殆ど大破して原型を留めない沈船もあれば、真っ逆さまになって沈んでいるもの、真横に横たわっているもの、今にも動きそうに斜めに傾いているもの、海底のがけっぷちに滑り落ちそうになって沈んでいるもの、あるいは当時の姿そのままに見事に鎮座している沈船等々、今に伝えるその姿は千差万別である。

その当時、多くの犠牲者を出したこれら沈船の数々は、現在では世界に類を見ないダイビングのメッカとなっている。周囲200キロのサンゴ礁に囲まれたこのトラック環礁は、洋上に浮かんだ2重式の火山島である。神奈川県の面積にも匹敵するその広大な海のカルデラは、多くが水深50m前後の礁湖となって、格好の沈船のポイントを作り上げている。無数のパスから流れ込み流出する膨大な量の潮流は、常に環礁内を透明度の高い海に保っている。海底の眠りについて60年が経った今、様々なサンゴ達が沈船を飾り、海底に巨大なオブジェを形作っている。そして、何よりもそこは魚達の安住の住みかでもある。まるで雲霞のごとき無数の稚魚の群れから、ギンガメアジ、カスミアジ、バラクーダなどの回遊魚の群れ、それを取り巻くように悠然と泳ぐ、イソマグロ、ロウニンアジ、サメ、などの大型魚。まさに沈船は魚達の一大コロニーとなっているのである。

一般には知る由もない海の年齢を、様々な海の神秘を通して感じることが出来る数少ないポイントでもあるのだ。それは60年の歳月が作り上げた海の博物館とでも言えるものである。そしてそこに沈船独自がもつ神秘性、冒険性等が相まって、世界中からダイバー達が集まってくる。彼らはダブルタンクを背負い、来る日も来る日も沈船に潜り続ける。1996年、アメリカのとあるダイビング雑誌が世界のベスト100を選出した事がある。その時のトップ10に選ばれたのがトラック環礁に沈む沈船たちであった。

沈船は危ない、沈船は暗い、沈船は深くて怖い、と言う事をよく耳にする。沈船の持つ負のイメージがそうさせるのだろう。確かに、深い沈船は危ないし、その船倉の中に入っていくと、まるで真っ暗な洞窟のようでもある。細心の準備と心構えが必要なのは言うまでもない。初心者や一般ダイバーにとってはちょっと不安がよぎる事になるだろう。しかし、深い沈船は別として、比較的浅い沈船に潜ってみると、多くがサンゴや魚の群れに囲まれていて、その明るさに驚く事がある。しかも、環礁内は殆ど流れもなく、水面を見上げればアンカーをしたダイビングボートがいつも傍にある。透明度の高い水中で、常に船影を確認しながら遊んでいれば何の不安も感じることはないだろう。沈船の長さは、大きな船でも150m前後、もし、トラブルがあってもそのまま浮上すればいつでも簡単にボートに帰る事ができる。沈船のダイビングは皆さんが思うよりずっと安全なのだ。

過去に、『ディスカバー・沈船』と称して、チュークのレックダイブをダイビング雑誌に何度か紹介した事がある。明るい沈船、楽しい沈船という訳だ。パラオのブルーコーナーのように、数多くの魚の群れが常に乱舞するようなポイントはそうそうあるものではない。通常のリーフダイブのポイントでは魚は当たり外れの多い要素でもある。その点、トラックの沈船は、今では巨大な漁礁となっておりいつでも様々な魚の群れを見ることが出来る。

明るい水面に向けてそそり立つマスト。海底に静かに眠る沈船。その周辺を悠然と泳ぎ回るヒラアジやバラクーダの群。沈船を棲みかとする彼らはダイバーにも驚く事はない。そこは永遠に彼らの憩いの場所なのだ。マストやブリッジに咲き誇るソフトコーラルやテーブルサンゴ。そこに我々は海の年齢を感じる事ができる。海の神秘と太陽が海底に創り上げた60年目のユートピアだ。

連邦政府はこのチューク環礁を海底博物館に指定し、厳重な保護・管理のもとに世界のダイバー達に解放している。我々は、この海底博物館が同時に大きな命を宿すユートピアである事をわすれてはならない。

世界のトップ10・ディスカバー沈船
チューク諸島

末永卓幸


末永
末永 卓幸

1949年1月生まれ
長崎県対馬出身

立正大学地理学科卒業後、日本観光専門学校に入学・卒業。在学中は地理教材の収集と趣味を兼ねて日本各地を旅する。1973年、友人と4人でチューク諸島を1ヶ月間旅行する。1978年チューク諸島の自然に魅せられ移住。現地旅行会社を設立。現在に至る。観光、ダイビング、フィッシング、各種取材コーディネート、等。チュークに関しては何でもお任せ!現地法人:『トラックオーシャンサービス』のオーナー。

ミクロネシア・チューク諸島

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