南国通信 楽園からのらくがき 豪海倶楽部  

原点の海

久しぶりに実家の大島に里帰りした。不思議なもので、毎日海に潜る仕事をしていてもやっぱり海が見たくなる。以前お世話になったガイドの先輩達にも会えるかも知れないという期待もあって「野田浜」というポイントに顔を出してみた。すると、いるわいるわ知っている昔の顔がみんな揃っていた。僕を見つけて皆驚いた顔。懐かしいなぁ。10年前はここでガイドをやっていた自分を思い出し、なんとなくおセンチになってみる。田舎はいいなぁ。

水温聞いたら23度。うへっ、ちょっと冷たい。特に目的もないし、冷たいなら今回は潜るのを止めようかな…なんて考えていたら先輩の桧山さんから人手が足りないとSOS。じゃ、潜りましょうということになって急遽 即席体験インストラクターとなった。入ってみると思ったほど寒くなくて快適。透明度もそこそこあって、久しぶりに見る大島の魚は熱帯域に慣れてしまった僕の目にはとても新鮮に映る。地元ビイキ3割引いたとしても、やっぱり大島は面白いと思った。

そう…。初めてタンクかついで潜った海がここで、ここが僕の原点だった。そして8年前ここからパラオに移ったのだ。

そう言えば僕がパラオに来て初めて潜ったポイントはブルーコーナーだった。今でも忘れない。アシスタントとして潜ったのだが、初めてのブルーコーナーは40分間の物語のようだった。思えば、この1本が後に沢山の魚と出会うことになる“きっかけ”の1本になった。

初めてのパラオの海にエントリーしてすぐにその水の明るさ、青さ、透明度に感動した。「まぁ、ここはパラオなんだから、こんなもんなんだろ」と自分を納得させて落ちつかせるのと同時に「仕事中なんだからそんな事で感動していちゃダメだろ」と自分を戒めた。

最初に現れたキャストはグレーリーフシャークだった。グレーリーフシャークはメジロサメの仲間。こいつがいきなり目の前に出てくるところから僕の“衝撃のブルーコーナー”は始まった。すれ違いざま、目だけ動かして僕を見ている。明らかに僕を認識している。以前、僕は大島でアカシュモクサメに追いかけられた事がある。そのせいでサメはちょっと苦手なのだ。見れば見るほどその精悍なサメ顔にちょっとだけ背中に冷や汗が走る。その周りにはクマザサハナムロやウメイロモドキといったタカサゴの仲間が青水の背景にちりばめられたように水中を賑やかしている。突然そのタカサゴたちが急反転して目の前からいなくなると、ヨコシマサワラが沖からゆっくりと泳いでくる。「凄い…」なんて思っている暇も無く、右手のドロップオフにはマダラタルミが流れを避けるように壁沿いに群れを維持している。マダラタルミの居るところは流れているので、僕らダイバーは少し沖を泳ぐ。明るい水中で黒い体色のマダラタルミを下から見上げると、青と黒のコントラストが水中の影絵のようで心落ち着く。

でも、そんな悠長なことを言っている暇は無い。流れも魚もここからがラッシュだ。マダラタルミが過ぎるとすぐ出てくるのがギンガメアジの大群。冬の多いときには「万」を超える群れとなるが、このときもそうだった。5〜60センチもあろうかというギンガメアジが目の前1mで壁となって泳いでいる。いや、泳いでいるという表現は適切ではないかもしれない。流れに乗って“そこ”に“存在”しているのだ。水面から差し込んでくる強い太陽光を反射するには十分過ぎるその銀色の魚体が流れていく光景は、なんともいえない至福の時間だった。これを見るためにはドロップオフ脇の中層ドリフト(流して泳ぐ)スタイルからドロップオフの肩エッジまで上がってリーフに掴まることが必要。すると多少落ち着いて見られるのだが、そんな“のんびり”した時間をブルーコーナーは長く許してはくれない。目の前に居るギンガメアジ群の中にこれ見よがしに泳ぎ入ってくるグレーリーフシャークにモビングという追い払いの行為で反撃するギンガメアジ。時々、餌を取るためのタイミングを計っているのか、ヨコシマサワラも群れに割り込んでくる。ピリピリとした緊張感を感じる。

派手なパフォーマンスがドロップオフの外側で見られるから、そっちばかりに気を取られるが、リーフの中側に振り返ればそこには1mを越えるナポレオン(メガネモチノウオ)が悠々と泳いで、その向こうにはオオメカマスが数千の群れで待ち構えている。

前も、後ろも、右も、左も、上も、下も、どこからも目を離せない。どこで何が起こってもおかしくない。そういう緊張した雰囲気がこのポイントにはある。全てが自信を持っていて悠然としている。でも、何か一つピンッと張った糸のような緊張感がある。それがブルーコーナーにおいて生ある者のルールなのかもしれないと思った。

浮上時間が近づいてくる。浮上体制に入る指示がガイドから出る。ここまででも十分なのに、最後のダメ押しが来る。ブラックフィン バラクーダの大群。このバラクーダが本当に大きい。近くで見るから余計にそう感じる。そしてその大きなバラクーダ達は群を作っていて逃げる気配もなく、ただコーナーの沖にある青い水の空間の中に“いる”のだ。

「なんてこった。このポイントは魚もデカイいし、それが群れ作って固まって、さらに人が寄っても逃げないんだ…」驚いた。こんな海があるのかとショックだった。雑誌などでは“凄いすごい”とは書かれてはいたが、それがどれだけのものか実際に潜ってやっと解った。「ここで、俺はガイドするのか…」海の中で鳥肌が立った。この後僕は何度もこの海で鳥肌を経験することになるのだけど、この時がパラオでの1回目だった。

目の前の現実がなかなか受け止められなかった。度肝を抜かれた。しかしそれは合成映画でも、水族館でもない、リアル(現実)なパラオなのだ。最初のこの1本で、この場所パラオを大好きになった。この1本が僕のパラオでの原点になった。

上がって来てから、当時お世話になっていたAN'Sの長野さんに聞かれた。「どう、凄いだろ?」何も言えなかった。言えなかったのでは無い、言葉が出なかった。ただ、長野さんの目を見ながら驚きの表情を出すのがその時の僕には精一杯だった。

そして、今。僕が在籍しているDayDreamにも毎年新人がやってくる。当然初めてパラオを潜る子も居る。コーナーを潜るときのガイドが担当できると、浮上後、僕が必ず言う台詞がある。

「どう、凄いだろ?」

…いつか、彼らも後輩ダイバーにこの台詞を言う日が来るのだろう。この、素晴らしいパラオの海でガイドが出来ることを誇りに思いながら。


秋野
秋野 大

1970年10月22日生まれ
伊豆大島出身

カメラ好きで写真を撮るのはもっと好き。でもその写真を整理するのは大キライ。「データ」が大好物でいろんなコトをすぐに分析したがる「分析フェチ」。ブダイ以外の魚はだいたいイケルが、とりわけ3cm以下の魚には激しい興奮を示し、外洋性一発系の魚に果てしないロマンを感じるらしい。日本酒より焼酎。肉より魚。果物は嫌い。苦手なのは甘い物。

ミクロネシア・パラオ

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