稲佐の浜

母の喜寿のお祝いに、島根の出雲に行くことにした。

喜寿とは「喜の字の齢」ともいい「喜」の草書体が七十七に見えるため、77歳のお祝いとされたらしい。(JUN-Pの保身の為に言えば、母は晩婚だったのでここからJUN-Pの年齢を推測するならば10ほどマイナスしてもいいかもしれない)

77歳か〜。父が亡くなって十数年経つが、母が長生きしてくれていて本当に喜ばしい。

実は父の名にも「喜」という文字があり、今回の喜寿はなにやら啓示的な機会のような気がして、以前から憧れていた出雲の地へ行ってみようと思ったのである。

出雲には足を踏み入れたことがなかった。

JUN-Pにとっては懐かしいような、それでいて聖域的な雰囲気で、気軽に観光で行くことは許されないような気がしていたのだ。

皆さんご存知の通り、出雲大社には旧暦10月、全国から八百万の神々が集まられる。

出雲でいう神在の月、神々は人と人との縁(えにし)を定める神議り(かむはかり)を行われるのだ。きっと神々は人には見えない綾をほどいたり、結んだりされているのだろう。。

JUN-Pが出雲に惹かれだしてからずいぶんになる。

以前は奈良時代とかに興味があったのだが、どうやら自分はヤマト系ではなく、縄文寄りの人間だなぁーと強く自覚するようになって「国譲り」以前の神話に興味をもつようになった。

国譲りとは、高天原の神々が、国津神である大国主神から日本の地を譲り受けたというお話だ。譲り受けた、、という表現にはいろいろな背景が含まれているのだろうが、話しの続きが天孫降臨だといえばなんとなく意味がわかるかと思う。

さて、この国譲りの舞台になったのが、出雲大社からほどちかい稲佐の浜だ。

古事記によれば、何度かの交渉の後、天照大神の使者である建御雷神が海に剣を刺し立てて大国主神に最後の決断を迫ったらしい。

ネットやらの写真で見る稲佐の浜の向こうには、青の濃い日本海が広がっている。

この海を経て様々なものが流れ着いたことだろう。。。

JUN-Pは、稲佐の浜から海を見ることに憧れている。

神渡りの浜。神在月に全国から集まられる神々も稲佐の浜から上陸される。神迎祭で龍蛇神に先導された神々は、神迎えの道を経て、出雲大社の東西十九社に鎮まられるのだ。

JUN-P達が出雲に行くのは神在月最後の日。

偶然にも、神議りを終えた神々が各地に戻られるという神等去出祭の日にあたる。

祭事に参加して稲佐の浜までお見送りに行けたらいいなぁと思っている。

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JUN-P
JUN-P(仲 純子)

大阪在住ファンダイバー
職業:コピーライターとか

1994年サイパンでOWのライセンスを取得。

宝物はログブック。頁を開くたび、虹のような光線がでるくらいにキラキラがつまっています。

海に潜って感じたこと、海で出会った人達からもらった想いを、自分のなりの色や言葉で表現して、みんなにも伝えたいなぁ。。。と思っていました。そんな時、友人の紹介で雄輔さんと出会い、豪海倶楽部に参加させていただくことになりました。縁というのは不思議な綾で、ウニャウニャとやっぱりどこかで繋がっているんだなぁ・・って感動しています。どの頁がたった一枚欠けても、今の私じゃないし、まだもっと見えてない糸もあるかもしれない。いままでは、ログブックの中にしまっていたこと・・少しずつだけど、みなさんと共有してゆきたいです。そして新しい頁を、一緒につくってゆけたら嬉しいです。

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