龍馬が届くまで 〜 四日市からパラオへ 〜

龍馬の外装工事が終わった8月の終わり日本事務所から電話が来た。「秋野さんも日本来て龍馬最初から見たほうがいいよ」一週間後、僕は日本へ飛んだ。どんな風に出来て行くのか?当然興味もあるし、実際にその現場に携わってみたいという思いはあった。しかし当初、僕はパラオで龍馬の受け入れをする担当だったので、予定外の呼び出しに少しばかり興奮しながらチケットの手配をした。

日本に入ったのは9月4日。ちょうどその日は龍馬が進水する日だ。内装は水面に浮かべて行なう予定だったので船内はまだ何も無く空っぽだが、外装工事は完了していた。外化粧が施された船体はまだ強い残暑9月の太陽を受けて真っ白に光っていて威厳すら感じさせる存在感があった。「これが龍馬かぁ」思わず唸ってしまった。

それから出港までの20日間はそれこそ怒涛の忙しさだった。船内工事が進んでいくのと同時進行で僕らは生活用品を買いそろえなければならない。工事よりも先に荷物が届いても運び込めないし、工事が終わってからでは遅すぎる、そのタイミングとバランスを取るのが大変だった。買い物だって桁違いの数と量。特に寝具とアメニティー関係は全て揃えるのに随分苦労した。他のスタッフはキッチン用品や船外用品などを揃えて、毎日のように100万、200万と買い物をするうちに段々金銭の感覚が麻痺していくような錯覚を覚えた。あれほど買い物はきっと僕の人生において、一番の出来事になるだろう。

内装工事も進む。造船所の人たちも一生懸命工事をしてくれるが、それでもやはり使う側の人間からみると違うと感じるところもある。一度作ったものを壊して再度作り変えてもらうというのも数度あった。申し訳ないと思いながらもそこは譲れないところでもあった。お世話になった鈴木造船の社長には随分と無理を言いました。「うーん」と言いながら全てやってくれた社長、感謝です。

パラオに向けての出港日は9月23日に決定していた。しかし、その前の18日にお世話になった人たちをお招きしての披露式典が行なわれる。つまり、17日までに全てを完了しなくてはならないわけだ。後半は内装工事と船用品の運び込みは昼夜兼行で行なわれた。クルーはそのためにホテルに帰るのが午前様になることも珍しくなかった。とにかく間に合わせなければならない、その思いしかなかった。

そんな苦労の甲斐あって、18日に披露式典は大成功だった。そして23日の出港の日。四日市のドックには造船所の人たちが沢山見送りに来てくれていた。造船所の人たちは寡黙な職人さんが多かったので、皆さんが来てくれたときにはなんだかとても嬉しかった。出港時間より30分遅れて朝8時30分、龍馬は桟橋を離れてゆっくりとパラオへ向けて出港して行った。僕は一足先にパラオに戻って今度は受入れの準備をしなくてはならない。本当は龍馬と一緒に回航してパラオへ行きたかったのだが、それは仕方ない。入港用の書類の束を持ちながら、少しの寂しさを胸に遠くなる龍馬を見送った。

それから10日後の10月2日、龍馬から衛星電話が入った。「あ、秋野?今PPRの前。これから入港するから」スタッフと一緒に国際港へ車を走らせた。沖からゆっくりと近づいてくる龍馬を見て、思わず目頭が熱くなるのを堪えられなかった。

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秋野
秋野 大

1970年10月22日生まれ
伊豆大島出身
ガイド会所属

カメラ好きで写真を撮るのはもっと好き。でもその写真を整理するのは大キライ。「データ」が大好物でいろんなコトをすぐに分析したがる「分析フェチ」。ブダイ以外の魚はだいたいイケルが、とりわけ3cm以下の魚には激しい興奮を示し、外洋性一発系の魚に果てしないロマンを感じるらしい。日本酒より焼酎。肉より魚。果物は嫌い。苦手なのは甘い物。

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